「ヴェルディの若手の選手は出番がなくて、もったいない」という声がある。トレードを活発にして人材を活用できればいいのだが、ヴェルディの方としては、せっかく育てた人材を、むざむざと手放したくはないという事情がある。そこでローンという手が出てきたが……。
☆菊原選手の場合は?
ヴェルディの菊原志郎選手がレッズに移籍し、新戦力として期待されている。
菊原は、ヴェルディの前身である読売クラブで育った選手だ。テクニックがよく、攻撃的センスのすぐれた中盤プレーヤーである。
ところが、いまのヴェルディの中盤には、ラモスやビスマルクや北沢がいて、なかなか出番がない。
それで本人が希望してレッズに行くことになったのだそうである。すぐれた人材を使わないで埋もれさせておくのは、日本のサッカーの損失だから、この移籍はなかなかいい。ところで、この菊原の移籍は「ローン」だという。ローンとは「貸し出し」で、一時的にヴェルディがレッズに貸してやるが、将来は返してもらう、ということだ。
なぜ「ローン」にするのか?
これは説明のいるところだろう。
思うに理由が二つある。
第一は、ヴェルディが菊原を手放したくないのだろう。いまは中盤にスターが多くて使えない。しかし将来は必要になるかもしれない。その時のために権利を確保しておこうと考えるわけである。
第二に、完全に引き取るにはヴェルディ側の求める移籍金が高過ぎて、レッズには支払えないのかもしれない。「移籍金」の上限はJリーグの規則で決まっていて、若い選手ほど割高に、また給料の高い選手ほど高額になる。24歳の菊原を、給料のいいヴェルディから取ることになるとレッズは、たぶん、億のお金をヴェルディに払わなければならないことになる。
☆二つの証明書
日本のサッカーには「ローン」についての規則はない。しかし、今年ヴェルディからレッズに移る契約をすると同時に、レッズから来年ヴェルディに移る契約をしておけば、実際にはローンと同じことになる。その場合、移籍金は相殺、つまりゼロでもいいわけである。
これは、国際間の移籍についての国際サッカー連盟(FIFA)の規則の考え方に似たところがある。
2月にマレーシアでアジア・サッカー連盟(AFC)のセミナーがあったとき、FIFAの法律の専門家が移籍についての話をした。
「たとえばブラジルとイタリアとの間で、ローンによる移籍が行われる場合は、2枚の移籍証明書が必要です。つまりブラジルのクラブからイタリアのクラブに移るときに、ブラジルのサッカー協会は、それを認める証明書を発行します。同時に、イタリアのサッカー協会は、そのプレーヤーがブラジルに戻るときの移籍証明を出します。2枚の証明書が必要なわけです」
これは、国と国の間のプレーヤーの移動をFIFAが認めるときの規則で、クラブとクラブとの間、あるいはクラブとプレーヤーとの間の契約内容に立ち入る規則ではない。またローンを認める規則でもない。しかし、国際的にローンが行われていることは容認しているわけである。
国内のクラブのローンも同じように考えて、協会やリーグとしては、時間を置いた二つの移籍の約束が、同じ選手について、同時に成立したと考えればいいのかもしれない。
☆ケガをした場合は?
「なるほど。でもレッズに貸し出している間に菊原が大きなケガでもしたら、どうするんだ」と友人が言い出した。これは鋭い質問である。
菊原の給料が、かりに5千万円だとする。貸し出している間、この金額は事実上、レッズが負担するわけだが、菊原がケガをして戻ってきたらヴェルディは大きな損をする。だからヴェルディとしては、5千万円をレッズに負担してもらっただけでは割りに合わない。そこで貸し出し料を保険として3千万円くらい取っておかなければ危険である。
これは仮定の話だが、実際にもこれくらい割り切って考えなければ、ローン移籍は成り立たないだろう。
ふつうの移籍なら、こんなことを考える必要はない。
かりに移籍金としてレッズがヴェルディに1億5千万円を払ったとする。何年かあとに、レッズがそのプレーヤーを他のクラブに譲るときに1億5千万円の移籍金をとれれば、前に払った金額は取り戻せることになるから損はない。
しかし、そのプレーヤーがケガをしていれば、1億5千万円では、どこも引き取り手がないだろう。だからレッズは、そのプレーヤーを大事に使わなければ大損である。
ただし、こういう考え方は、Jリーグのように移籍金の金額を規則で決めていると機能しないかもしれない。イギリスなどのように、クラブとクラブとの取引きを通じて、つまり市場価格で決まるようにしておいた方が合理的かもしれない。 |