アーカイブス・ヘッダー

 

   

サッカーマガジン 1994年3月16日号

ビバ!サッカー

再びジーコ退場を考える

 日本の審判のレベルが低いという批判が起きている。それはそれで重要な問題だが、審判が悪いからといって、プレーヤーがルール違反をしても罰しないでいい、ということにはならない。Jリーグ・チャンピオンシップ第2戦でのジーコの退場を、もう一度、取り上げてみよう。

☆異文化理解の必要性
 「ジーコの退場を考える」という見出しで2月16日号のビバ!サッカーに書いた記事に対して、ジーコのファンと思われる方から抗議の手紙をいただいた。批判や反論は歓迎するところで、いろいろな意見に耳を傾けて、日本のサッカーを良くしていきたいと、ぼくも考えている。
 あの記事は、ちょっとまわりくどく、皮肉をこめて書いたので、誤解を招いた点もあるようだ。
 ぼくの言いたかったことを、直説法で要約すると次のようになる。
 @サッカーのルールは世界共通のものであり、その解釈と適用の仕方も、できるだけ国際的に統一されたものでなければならない。
 Aしかし、世界の国々の伝統や文化の違いによって解釈や適用の仕方に違いが出るのは、やむをえない。 
 B別の国のプレーヤーが一緒に試合をする場合には、異文化理解の心がけが必要である。 
 つまりジーコの場合には、日本へ来てプレーしているのだから日本のやり方を理解しなければやれない。
 「本場のブラジルではこうだ」といってフィールドの上で押しつけようとしでも無理である。ブラジルの良さを日本に広めるつもりなら、時間と忍耐が必要である。
 一方、日本の側もブラジルのやり方に理解を示す必要がある。 
 世界中で統一された基準でルールを適用する場合は、ジーコだろうとリトバルスキーだろうと同じように扱わなければならないが、そうでない場合は広い視野でものを考えなければならない。

☆ボールへのツバは?
 高田主審、あるいは規律委貝会の処置で、ぼくが疑問に思ったのは、ペナルティー・キックの直前に、ジーコが、ペナルティー・エリアに入り込んでボールヘツバを吐いた行為を「乱暴な行為」とみなしたことである。
 これについて、のちに事情を聞く機会があったので紹介しておこう。
 ジーコは、主審が「蹴る合図」として笛を吹いたあとに、ペナルティー・エリアに入り込んだ。これは競技規則第14条(3)の(C)により明らかに警告である。だから高田主審はイエローカードを出した。これが2枚目だったから、ジーコは退場になった。
 ボールにツバを吐きかけたのは、その後に続いた行為だから、退場の原因ではない。しかし主審は、これを「乱暴な行為」とみて、協会への報告の特記事項に書いて提出した。規律委員会は、これを4試合の出場停止処分の根拠の一つにした。 
 競技規則第12条の公式決定事項(13)では「役員、その他の人に向かって、つばを吐きかける行為や、これと同様の見苦しい行為は乱暴な行為とみなされる」となっている。これは退場に値する行為である。 
 ぼくが疑問に思ったのは、ボールに向かってツバを吐いたのを「役員、その他の人に向かって」吐いたのと同様な行為と見たことだが、高田主審は、そのように信じて特記事項に書き込んだわけである。 
 人間とボールを同様に見るのが世界中で共通する解釈なんだろうか。そこんところには、文化の違いがあるんじゃないか、という気がする。

☆違反は正当化できない
 ぼくのところに届いた抗議の手紙は、次のようなものだった。
 ――ジーコが怒ったのは、主審が、あまりにも、ひどかったからである。その前に主審のミスジャッジがいくつもあり、主審は明らかにヴェルディびいきの笛を吹いていた。そういう背景を無視して「主審も、規律委員会も間違っていない」と書くのはサッカーを知らないものだ。 
 長い手紙だが、おおまかには、こういう趣旨だと思う。
 これに対する答えは次の通りだ。 
 @かりに主審がヘタであっても、またヴェルディびいきであっても、それはジーコの行為を正当化はしない。 
 A競技規則に違反したことに対してジーコが罰せられるのは、どんな背景があったにしろ当然で、そのことについて主審も、規律委員会も問違っていない。 
 B主審がヘタだったかどうかは、ジーコの行動とはまったく別に審判監察員(インスペクター)がスタンドで採点し、評価している。
 C主審がヴェルディびいきだったかどうかも監察員が見ている。また試合管理の責任者(マッチ・コミッサリー)も別に監視しているから、疑わしい点があれば調査して処罰するだろう。 
 ぼくの個人的見解を言えば、審判にも出来、不出来があって、あの日の高田主審は、不出来な方だったかもしれない。 
 しかし、ヴェルディびいきの笛を意図的に吹くようなことは、ありえないと信じている。


前の記事へ戻る
アーカイブス目次へ

コピーライツ