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サッカーマガジン 1993年11月3日号

ビバ!サッカー

あるサッカー少年団

 酷暑の砂漠の国カタールで、日本代表が必死の思いで戦っているときに悠長な子供のサッカーの話をしたらファンに叱られそうだが、実はワールドカップ予選よりも、Jリーグよりも、こっちの方がずっと大切だと、ぼくは思っている。人類千年の大計のために、少年サッカーの在り方を考えたい。

☆勝負? 楽しさ?
 風光うるわしく気候温暖な加古川市にある兵庫女子短期大学で、この春以来「先生1年生」をしている。
 「お前が教育に携わるようでは、日本の将来は危うい」と例の口の悪い友人はいうのだが、学園当局は心得ていて「ジャーナリストの経験を生かして気軽に」といってくれたので、できるだけ面白くて、ためになる講義を心がけた。
 気軽にといっても、講義だから成績の評価はしなければならない。そこでレポートを課した。
 課題は「4月11日付けの朝日新聞(東京版)に掲載されたサッカー少年団に関する記事を読んで自分の考えを述べよ」というものである。
 この記事で取り上げられているサッカー少年団は、民間のサラリーマンが指導者で、小学校の校庭を拠点に、土、日曜と祝日に練習や試合をしている。「遊びでなく、体力や技術を身につけさせたい」という方針で、「楽しいサッカーは、やはり勝つサッカーだ」と監督は話している。
 ところが、勝つための厳しい練習に「ついていけない」と退団する子供が続出した。その子供たちの母親は「子どもの体が心配」「練習がつらいと言うので」という。
 監督は、強いチームを作り、将来はトップクラスになれる選手を育てたいと思っているらしい。
 一方、退団した子どもの母親たちは「楽しくスポーツをする機会があれば、それでいい」と考えているようだ。そこに食い違いがあり、この記事の見出しも「勝負? 楽しさ? スポーツ少年団」となっている。

☆走るしかない?
 さて、この監督は「強くなるには走るしかない」と練習後、グラウンドを30周させたこともあった。選手がまとまって退団したのは、グラウンドを20周走らせた翌日だという。 
 こういう厳しい練習で、やめていく子どもがいる一方、県の大会で2年連続優勝した実績もある。Jリーグを目標に頑張っている子もいる。また教え子のなかから高校サッカーの名門校に入学した子もいる。
 というわけで、このチームについて、次のようなことが分かる。
 @小学生の強いチームを作って勝つことを目標としている。
 Aグラウンドを20〜30周するランニングが必要だと考えている。
 B子どもたちに技術と体力を身に付けさせ、将来一流のプレーヤーになるように育てようとしている。
 Cこの目標は、少なくとも中学生の年代まででは達成できて、小学生の大会で優勝したり、いい選手を高校に送りこんだりしている。
 D厳しい練習についてこられない子どもは退団しても止むを得ないと考えている。
 レポートの課題は、この監督の指導方針と、その実績を、どう評価するかである。
 お断わりしておくが、ぼくは、この少年団を直接、取材したわけではない。学生たちも、新聞記事のコピーを読んだだけである。
 だから、これは実在のチームを題材にしたのではなく、「たとえば、こういう少年サッカーチームがあったとしたら」という課題だと理解していただきたい。

☆いろいろなクラブを
 学生たちのレポートは、それぞれ自分で考えたことを、しっかりと述べていで興味深かった。
 ぼくの考えと違っていでも、内容が面白ければ、いい点をつけると、あらかじめ言ってあったので、いろいろな意見があった。
 この少年団の厳しい方針に対しての支持と反対は、ほぼ半々だった。
 反対の意見には「子どものころに楽しく体を動かすことを覚えさせた方が将来大きく伸びる」「育ち盛りの子どもたちにグラウンド30周のような激しい運動をさせると成長に害がある」などがあった。
 支持する意見では「プロをめざすような素質のある子どもを伸ばすのだから鍛えるのは当然」「たとえ一流選手になれなくても厳しい練習をした経験は将来役に立つ」などがあった。
 「楽しくサッカーをやりたい人はやめて別のクラブに入ればいい」という意見もあった。これは面白い考えである。
 学校のチームしかなければ、その学校の子どもは自分の学校のチームに入るしかないが、民間のクラブであれば、楽しく遊ぶことを目的にしている別の少年団に移ってもいいわけである。ただし、そのためには、いろいろなタイプのクラブが存在する必要がある。
 ぼくは、先生として採点する立場だから、自分自身のレポートを出す必要はない。ここでも、自分の意見は控えることにして、読者の皆様にもレポート提出を求めたいと思う。


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