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サッカーマガジン 1993年6月20日号

ビバ!サッカー

オフト成功のポイント

 ワールドカップのアジア地区1次予選を日本は無敗で突破した。秋にはアジアの強豪6カ国による厳しい最終予選が控えてはいるが、USA94への夢は、ますますふくらんできた。これが、オランダから招いたハンス・オフト監督の功績であることは、みんなが認めるところ。その成功のポイントをここで総括しておく必要はありそうだ。

☆それは魔術ではない
 「まるで筋書き通りだな」 
 アルアインで行われたワールドカップ予選第2ラウンドのアラブ首長国連邦(UAE)との試合が1−1の引き分けだったのを見た友人の感想である。 
 この友人は同じせりふを、東京での第1ラウンドで日本がUAEに2−0で勝ったときにも言っている。 
 「こういうふうな展開になったらいいな」「うまくいくと、こういう展開になるんじゃないかな」と、ぼくたちが想像していた通りに、日本代表チームは勝ち進み、アジアの最終予選へ進出した。別に奇想天外なことをしたわけではなかった。当たり前のことを、当たり前に次つぎに実現していった。これは、オフト監督の狙っていた通りだったと思う。  
 「みなさんは、UAEが強敵だというが、私は第1戦のタイを警戒している」 
 オフト監督は、予選の始まる直前にそう言っていた。 
 タイを侮れないことは、ぼくたちも承知していた。 
 タイの置かれている立場から見て、第1戦に全力投球して、有力候補に一泡ふかせようとするだろうことは、十分想像できた。 
 オフト監督は、そういう当たり前のことを、きちんと頭に中において、そのための対策を、きちんとした。
 「オフト魔術」という流行語が出来たけれど、オフト監督は「魔術といわれるのは嫌だ」という。当たり前のことをやりとげたところにポイントがあるのだから、これは奇跡ではない、というわけである。

☆ラモスとのプロの関係
 最終戦のUAEとの試合をテレビで見て、ラモスの奮戦ぶりに改めてびっくりした。 
 得失点差に大きな開きがあり、そうムキになる必要はない試合だったが、それでも「絶対に相手にゴールを許さないぞ」という気迫をむきだしにして戦っていた。試合終了間近の日本の同点ゴールも、阿修羅のように左サイドを攻め上がったラモスが、チャンスを作ったものだ。 
 ラモスは燃える男である。フィールドに出たときの勝負への執念は、すさまじい。守りも一生懸命やる。若いころから、そうだった。だが、それにしても、30台も半ばの年齢になったラモスを、ここまで燃やしたものは、なんだったのか。
 1年前のいまごろ、ラモスは、オフト監督への批判を公然と口にしていた。細かいことをしつこくやらせる練習ぶりや、大きくパスを回してサイドへ展開する試合のやり方に、不満をつのらせていた。 
 オランダでの夏のキャンプの間に「お互いに理解するようになった」という。ところが、予選直前の2月のイタリア遠征に、ラモスは、けがで参加できなくなった。問題児が、チームから離れるのはマイナスである。ぼくは「ラモスを使えるかどうかがカギだ」と思っていた。 
 ぼくの心配は当たらなかった。ラモスは、オフトのチームの中心として燃えた。
 「オフト監督のラモス操縦術の成功」といいたいところだが、プロ同士の人間関係を成功させたのは、もちろん両方の功績である。

☆「通訳が功労者だ」 
 セルジオ越後さんと会ったとき、この話が出たら、「それは、通訳の功績が大きいね」という。 
 セルジオ越後を知らない人はいないだろうね。ブラジルでプロとして活躍し、選手として来日して20年。いまは、人気随一のサッカー指導者であり、視野の広いスポーツ評論家であり、テレビ解説者である。 
 日系ブラジル人のセルジオは、もちろんポルトガル語が母国語だからラモスから母国語で率直な話を聞いているだろう。だから、その意見は興味深かった。 
 オフト監督は英語で話をする。それを日本語で選手に伝えるのは、鈴木徳昭さんである。テレビ中継で日本チームのベンチが映ったとき、オフト監督の向こう側に座っているのが見える。ちょっと小太りなところが監督に似ているので、「オフトの息子」とからかわれているそうだが、本当は、ぼくが若いころ、日本の名ストライカーだった鈴木徳衛さんの息子さんである。 
 オフト監督の記者会見も鈴木さんが通訳するが、これが実にうまい。あまり達者なので、しゃべっていないことまで通訳してるんじゃないかと思うほどである。つまり、オランダなまりの英語を理解しているだけでなく、何をいいたいのかを理解して、的確に通訳している。 
 鈴木通訳のおかげで、オフト監督の考えが、ラモスをはじめ選手たちに正確に理解されるようになった。それが、日本代表の成功の大きな原因だ――とセルジオ越後さんは、いうわけである。


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