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サッカーマガジン 1993年5月1日号

ビバ!サッカー

キリンカップの成果は?

 ワールドカップ予選を前にした腕試しのキリンカップで、日本代表はハンガリーに敗れ、米国には逆転勝ち。「予定通り。80%まで仕上がっている」とオフト監督は言うが「これじゃ予選には勝てない」と心配になったファンもいる。キリンカップの成果を、どう評価したらいいだろうか?

☆ハンガリーとの差 
 福岡に新しく出来た博多の森競技場にキリンカップの第1戦、日本−ハンガリーの試合を見に行って試合前の練習を見ていたら、若い友人が話し掛けてきた。 
 「きょうは勝てますかね」 
 「まあ、うち見たところ2−0で日本の負けだね」 
 「えっ、1点もとれませんか」
 2−0は当てずっぽうだが、練習を見ただけでも、一人一人のテクニックと運動能力で相手の方が上であることは分かる。それにハンガリーのサッカーの歴史と実績を知っていれば、チームとしてもハンガリーが一段上と考えて当然だろう。 
 結果は、やっぱり日本の負けだったが、点差は1−0で、ぼくの当てずっぽうよりは1点少なかった。タイトルをかけた試合ではないし、ハンガリーには遠征してきている不利があるにしても「日本代表の試合ぶりも悪くない」というのが、ぼくの評価である。 
 ところが、友人がまたやってきてこう言うのだ。 
 「イタリア遠征で2敗1引き分けだったから、これで今年になって3連敗だ。この調子じゃあ、ワールドカップ予選に勝つのは無理だなあ」 
 友人は二つの点で間違っている。 
 日本と欧州や南米との間には、まだまだ大きな差がある。そこが分かっていない。 
 イタリア遠征やキリンカップはいワールドカップ予選への準備であって勝つことが目的ではない。それも分かっていない。

☆2本の天狗の鼻
 オフト監督は、イタリアでの試合とハンガリーとの試合で、天狗(てんぐ)の鼻を2本へし折る必要があったのだろうと思う。 
 1本は芸能天狗の鼻である。 
 芸能プロ所属のテレビ・タレントみたいな感じになっている選手もいて、それがプレーにもチームの結束にも影響するのではないかと、外部のぼくたちが感じるくらいだから、オフト監督も同じ心配をしていたに違いない。イタリアヘ連れ出して日本のタレント界から隔離したのは、コンディション作りとチームの結束の両方のために良かったと思う。 
 へし折らなければならなかった、もう1本の鼻は、サッカー天狗の鼻である。 
 アジアカップ優勝はすばらしかったが、これで十分強くなったんだと思い込んでいれば、大きな間違いである。選手たちは世界のサッカーをよく知っているから、友人のファンみたいな間違いはしないだろうが、それでも自信と慢心は紙一重で、ゆるみが出ている可能性がある。それを引き締めておく必要があった。 
 そういう意味で、ハンガリーとの試合は、勝つことではなく苦戦することに意味があった。 
 後半4分のハンガリーの得点は、見事だった。日本の守備網が崩されたわけでないのに、網の間の小道をキプリッヒが巧みにすり抜け、データーリがぴしゃりとパスを通した。 
 日本の方は、ときどきいい形を作りながら無得点。 
 『うーむ、参った』と選手たちも思ったのではないか。 

☆米国戦の同点ゴール
 慢心の鼻をへし折っても、ワールドカップ予選への自信までなくしては元も子もない。だからキリンカップ最終戦で米国に勝ったのは非常に良かった。3月14日、東京国立競技場。得点は3−1。オフト監督の目算通りである。 
 日本があげた3点のなかで、もっとも貴重だったのは、前半36分の同点ゴールだ。 
 前半の半ば過ぎまでは、米国が一方的に攻めていて、日本は23分に先取点を奪われた。これでオフト監督の目算は狂いかけていた。
 しかし、リードされたのにくじけないで逆に動きが良くなり、しかも 焦らなかったのが、まず良かった。  
 36分の同点ゴールは、ハーフライン付近、右サイドで福田と北沢が相手のボールにプレッシャーをかけたのが成功して相手のミスを誘い、センターサークルのなかでボールをもらった森保が、ちょっと内側ヘドリブルしてから逆方向の右サイドへ大きく展開したのが糸口になった。  
 福田が右サイドを突破して、ゴール正面へ送り、高木が突っ込んでつぶれ、カズがけり込む。  
 ゴールをあげたカズがヒーローになったけれども、最大の殊勲者は、右へ大きく展開した森保である。  
 このゴールは、狂いかけていたオフト監督の目算を取り戻して、後半の逆転へつなぐことが出来た点で、非常に価値のあるものだった。しかも「サイドへ展開して攻めろ」とオフト監督が要求していた通りの展開でゴールに結びついて、監督の威信を高める結果になった。  
 ワールドカップ予選へ向けてチームを引き締め、オフト体制を強化できたことが、キリンカップの大きな成果だったと思う。


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