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サッカーマガジン 1993年1月3日号

ビバ!サッカー

アジアカップの意義

 広島のアジアカップで、日本がチャンピオンになったのは、単なるワールドカップ予選への過程ではない。アジアのタイトルは、それ自体、重要なものである。アジアの一員として、このタイトルを大切にしなければならない。

☆過程ではない日本の優勝
 日本代表チームのオフト監督は、アジアカップの前や期間中の記者会見で「アジアカップは、ワールドカップ予選への過程だ」と繰り返し語っていた。この言葉は、事実ではあるが、100%の真実ではない。
 アジアカップの公式プログラムの冊子に、ぼくのオフト監督へのインタビューが載っている。
 その中で、ぼくは「アジアカップは、アジアのサッカーにとって重要なタイトルだ。その点を、どう考えるか?」と質問した。
 これに対して、オフト監督は非常に巧みな答えをした。「それは、どんなときでも、つきまとう矛盾だよ」
 この答えの意味は、こうである。「アジアカップは、重要なタイトルである。だから現在の力の全部を投入して戦う。しかし、同時に、これは来年のワールドカップ予選への準備の過程でもある。現在を戦いながら未来を忘れることは出来ない。それは、どのような大会の場合にもいえることだ」
 オフト監督にとって、アジアカップは「過程」だった。それは事実である。しかし「アジアカップには、過程としての重要性しかない」というのであれば真実ではない。
 日本が優勝したいまとなっては、この優勝を「単なるワールドカップ予選への過程に過ぎない」と考える人は少ないだろう。
 アジアカップは、それ自体で意義あるものであり、日本の優勝は、それだけで価値あるものだった。

☆オフトのマスコミ操作
 オフト監督は、アジアのサッカーにとっての大会の意義を知りながらも、それが「過程」であることを印象づけるような話し方をした。これには、理由があっただろう。
  第一に、日本の選手たちへのプレッシャーにならないようにと考えたのだと思う。勝たなければならないと言い過ぎると、選手たちが、のびのびと動かなくなる恐れがある。
 第二に、自分の手を縛られるのを避けたのだと思う。勝利を義務付けられると、気持が守りに傾いて、思い切った試みが出来なくなる。
 第三に、日本が敗れたときの反動を心配しただろう。期待され過ぎていると、敗れたときに選手たちが落ち込んだり、マスコミが急に冷たくなったりする。これはワールドカップ予選にも悪い影響を残す。
 マスコミは、ぼく自身も含めて、このオフト監督の一種のマスコミ操作に乗って、アジアカップの意義を、あまり強調しない書き方をした。これは、オフト監督の狙いと気持を理解していたからである。
 もう一つ、付け加えると、ハンス・オフト個人にとっては、広島のアジアカップは、完全に「ワールドカップ予選への過程」だった。
 なぜなら、ハンス・オフトが日本サッカー協会と契約しているのはワールドカップ予選が終わるまでであり、ワールドカップ予選に勝つことを請け負った立場だからである。しかし、広島での結果が悪ければ、それが次に響くことは、オフト自身、十分承知していたはずである。

☆大切なアジアのタイトル
 アジアカップ優勝のマスコミの扱いが、はなばなしかったので、他のスポーツの関係者の中に、勘違いをした人がいたらしい。「アジアカップに優勝しても、どこにも出られないんでしょう?」
 と、その人が、新聞記者に尋ねたという話が新聞に出ていた。
 これは、たぶんバレーボールやバスケットボールのアジア選手権と、同じように考えたためだろう。バレーボールなどのアジア選手権では、たとえば、上位2チームにオリンピックの出場権を与える、というような場合があるからである。
 サッカーの場合、アジアカップは、オリンピック予選やワールドカップ予選から独立した、アジアの最高位のタイトルとして権威あるものにすることになっている。
 どちらが正しくて、どちらが悪いという性質の話ではない。しかし、ぼくは、サッカーのやり方が本筋だと思う。アジアのタイトルが、オリンピックに出るための過程に過ぎないということでは権威がなくなるからである。
 アジアのタイトルとしては、4年に1度のアジア競技大会のサッカー競技もあるが、これは1998年の大会から、23歳以下の大会にしようという案が、広島で開かれたアジア・サッカー連盟(AFC)の会議で出ていた。オリンピックのサッカーが23歳以下になったから、これと合わせようというわけである。
 そうなれば、最強の代表チームでは、アジアカップが地域のタイトル、ワールドカップが世界のタイトルと明確になって、4年に1度の選手権の体系がすっきりする。
 ともあれ、アジアのサッカーを盛んにし、レベルを上げるために、日本も力をつくさなければならない。そのためには、アジアのタイトルを、まず自分たちが大切にしなければならない。


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