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サッカーマガジン 1992年8月号

ビバ!サッカー 

オフト監督初陣の策は当然だった
ラモスの監督批判! 
オフト監督の今後の課題の一つ

代表チームの国際試合  
キリンカップで国立競技場が満員になった意味は大きい!

 今年のキリンカップは、久しぶりに、いい試合だった。5月31日に東京の国立競技場で、日本対アルゼンチンを見たのだが、いろいろな点で「これは日本のサッカー史に残る試合かもしれない」と思った。 
 試合の内容も、日本代表の戦いぶりも、なかなか良かったのだが、まず記録に止めておきたいのは、国立競技場が6万人の観衆で超満員だったことである。日本代表チームの試合で国立競技場が満員になったのは実に久しぶりじゃないかと思う。キリンカップでは、初めてのことである。 
 これには二つの意義がある。 
 第1には、地元の日本代表チームの人気で、お客さんを集めることが出来たことである。 
  お客さんが来た理由の中には、相手のアルゼンチンが、2年前のイタリアのワールドカップに出た選手を含めて、ほぼベストの顔触れで来日したこともあっただろう。しかし、それだけでは、国立競技場が埋めつくされるところまでは、いかなかったのではないだろうか。お客さんの少なくとも半分は、日本代表チームの方が、お目当てだったのではないか。 
  「いや、日本代表の人気じゃなくて、カズやラモスや北沢や武田の人気だよ。つまり読売クラブの選手を見にきたんだよ」 
 こんなことをいう友人は、いささか考えが足りない。 
 日本代表チームの選手は、ふだんは、読売や日産のような単独のクラブチームに属しているので、彼らの技能や人気が、母体の単独クラブで育つのは、当然のことである。 
 単独クラブで育った選手を集めて試合をするのが代表チームなのだから、代表チームの人気が、選手たちの所属する単独クラブの人気を基礎にしているのは、きわめて健全なことである。 
 国立競技場が満員になったことの第2の意義は、これが代表チーム同士の試合だったことである。 
 これまで、欧州や南米のチームを招いて国際試合をする場合、日本側は代表チームで、相手はプロの単独クラブだというケースが、ほとんどだった。日本代表対トットナム、日本代表対フラメンゴ、といった試合である。 
 今回のキリンカップは、日本代表対アルゼンチン代表、日本代表対ウェールズ代表で、代表チーム同士による本来の意味の「国際試合」だった。 
 これからの日本代表チームの試合は、ぜひ、こうあって欲しい。それが代表チームのプライドというものである。 
 さらに付け加えると、日本サッカー協会の財政は、日本代表の国際試合の収入を基礎にするようであってほしい。 
  単独のクラブチームが外国チームを招いて行う試合は、本来、そのクラブの責任で開催するべきものである。協会が、主催の名義だけ貸して、多額の認可料を巻き上げたりするのは、健全なやり方ではない。

オフト監督の戦い  
守り固めは当然の策。後半の失点も止むを得なかった!

 日本代表対アルゼンチン代表は、1−0で日本の負けだった。 
 この結果について、友人たちの間で三つの意見があった。 
 「いい試合だった。惜しかった。日本が勝てば、なお良かった」
 これは、多くのファンの率直な感想だろう。相手が、世界の本物のトップクラスで、日本代表との間に大きなレベルの差があることが分かってはいても、地元のチームが勝ってほしいのは人情である。
  「日本は、もっと攻撃的なサッカーをすべきだった。とくに両サイドバックの都並と勝矢は、チャンスがいくらでもあったんだから積極的に攻撃に進出して欲しかった」 
 これは、サッカー通の友人たちの意見である。 
 この試合でオフト監督は、守備ラインに5人を並べ、ライン全体を前へ押し上げることは狙ったが、守備ラインの選手が単独で前線に進出するのは、控えさせたようだった。 
 「やっぱり体力の差だよ。向こうも長旅の疲れや時差ぼけがあるはずだのに、後半は地元の日本の方が、ばてていた」 
 これは、あいも変わらぬ体力重視派の意見で、ぼくの友人たちの間では、もう少数派である。 
 さて、ぼく自身の考えはどうか? 
 オフト監督の作戦は、彼の立場を考えれば当然だったと思う。 
 この試合に勝つことは非常に難しい。相手のアルゼンチンとの間の技量の差が非常に大きいからである。 
 また、この試合に勝つことは最終的な目標ではない。オフト監督の目標は、来年のワールドカップ予選でアジアのチームに勝つことであり、今度の試合は、その準備のための最初の第1歩に過ぎない。 
 したがって「勝って欲しかった」というファンの感想は、率直な気持ちではあっても、期待過剰である。 
 しかし一方、これはオフト日本代表のお披露目の試合であり、しかも6万の大観衆の前での試合である。今後のためにも、無残な負け方をするわけにはいかない。 
 というわけで、勝てないまでも善戦して、出来れば引き分けを、と考えるのが筋道だろう。 
 だから、5人の守備ラインで、守りを固める試合をしたのは当然の策である。攻めるためにどういう策をとるかは今後の課題だ。 
 さて、日本代表は、後半8分に力つきて1点をとられた。試合の後のインタビューで、柱谷主将が「自分がミスをして点をとられたので非常に悔しい」といっていたが、これはミスというより、アルゼンチンの選手の「すばやさ」の勝ちである。 
 日本の選手は、非常に頑張っていたのだが、後半に疲れが出たところで、相手の「すばやさ」に対応できなくなっていた。 
 選手たちはリーグが終わったあと休養をとり、キリンカップのためには、6日間しかトレーニングをしていない。だから、体力的条件が整っていなかったのはやむを得ない。それでも、これだけの試合が出来たことを評価すべきだと、ぼくは思う。

ラモス頼みの問題点!
体力に限界が見え、公然と監督を批判するのをどうする!

 オフト監督は、日本代表のチーム作りを樹木にたとえていた。ゴールキーパー、中央のディフェンダー、中盤の内側とフィールドを縦に貫く線を考え、そこに配置する選手が、樹木でいえば幹であり、幹がしっかり固まれば、おのずから枝葉が茂るという考えである。 
 キリンカッブの第1戦では、幹の上の方にはラモスがいた。前半の日本の攻めは、ほとんどラモスのドリブルと、ラモスからのすばやく判断のいいパスから生まれていた。 
 そのラモスが、後半には動きが少なくなり、それが原因で後半はアルゼンチンの一方的な攻撃になった。 
 日本代表は、キリンカップのためには6日間しかトレーニングをしていない。だからコンディションが十分でなかったのは、止むを得ないのだが、35歳のラモスの場合は、それだけでなく年齢的に体力の限界が見えてきているという感じがした。少なくとも、90分フル出場を期待するのには無理があるように見えた。 
 これは、来年のワールドカップ予選の時には、大きな問題点になる。つまり、攻撃の起点として、ラモスを使えないときにどういうサッカーをするかである。これは、オフト監督の今後の課題である。 
 ラモス選手には、もう一つの問題がある。それは、ブラジル育ちで、ブラジル的な考え方を持ち続けているために、オランダ人のオフト監督との間が、うまくいかなくなる可能性があることである。
 アルゼンチンとの試合の後で、ラモス選手は、新聞記者たちの前で公然とオフト監督を批判した。
  「ぼくたちは、小さなパスをつないで攻めたかったんだけど、監督は長いパスを出せと要求した。ああいうやり方には、ついていけない」 
 という趣旨だった。 
 ラモスの意見も、一つの考え方で、間違っているわけではない。そういう意見をチームの中で述べ、監督と議論するのは結構なことだ。 
 しかし、試合に負けた後で報道陣の前で公然と監督批判をするのは、敗戦の責任を監督にかぶせて言い訳しているようなものである。少なくとも、日本では歓迎されないやり方である。 
 ブラジルでは、選手が監督を批判し、それを新聞がさらに増幅して報道して大騒ぎするのは珍しくない。だが、そういう騒ぎは、決してブラジルのサッカーにプラスになっていない。 
 ラモスの公然の監督批判も、日本代表チームのプラスにはならないだろうと思う。 
 そこで、オフト監督のもう一つの課題は、今後、ラモスをどのように手なずけていくかになる。 
 もし、ラモスとの関係を改善できないようだったら、ラモスを代表チームから切るしかない。そのときはラモスのいない日本代表チームを考える以外に道はない。 
 今月は、前号の続きで選手の移籍問題を書き、日本サッカー協会の会長交替にも触れるつもりだったが、キリンカップの話で終わってしまった。他の話は改めて……。


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