アーカイブス・ヘッダー

 

   

サッカーマガジン 1992年7月号

ビバ!サッカー 

Jリーグ前哨戦、移籍、契約で問題
収入源のないチームの大盤振る舞いを
                  埋めるのは?

選手の報酬が急騰!
スターの給料を上げれば、他にも波及する。その結果は?

 Jリーグより前に、ストーブリーグが先走っている。スポーツ新聞には、選手の移籍が、にぎやかに取沙汰されている。 
 「あれじゃ野放図な引き抜き合戦だね。秩序ある移籍とは、とても言えないね」 
 友人が珍しく、まともな心配をした。 
 スター選手を引き抜こうと高額な給料で誘う。引き抜かれまいと、さらに高額を提示して引き留める。選手にとっては、うれしい現象のように思われるが……。 
 「三浦カズに1億円だとか、武田に7000万円とか出ていた。そんなに払って、プロとしての経営が成り立つのかね?」 
 ごもっとも――。 
 スポーツ新聞に載っている推定の数字が、すべて当たっているわけではないだろうが、選手への報酬は急騰しているようである。 
 1人のスターの報酬を上げれば、他の選手にも波及する。 
 ぼくの見るところ、カズは読売クラブの優勝に、もっとも貢献した選手の1人ではあるが、唯一の選手ではない。カズが1億円なら、ラモスと加藤久も同額か、それ以上の値打ちがある。並みのレギュラーの選手だって、その半分の値打ちってことはない。 
 選手たちは、自分がチームの中でどの程度、役に立っているかを身体で感じて知っている。自分自身については身びいきがあるにしても、別の仲間同士の比較は、ちゃんと感じている。 
 Jリーグのレベルになれば、レギュラーの選手の間の力の差は、月とすっぽんみたいなことはない。実際の力の差はわずかであり、そのわずかの差がスターと並みの選手を分けている。 
 もちろん、報酬の額は必ずしもスポーツ的力量には比例しない。差はわずかであっても、スターには名声料、人気料が付加される。また、チーム内部には、スタンドで見ているぼくたちには分からない評価の根拠もある。たとえば練習に出て来た日数とか、練習態度とか、監督の指示に反したプレーとかである。 
 だから外部にいるぼくたちには、報酬の差が妥当かどうかは、本当は分からないのだが、選手たちは、そういうことも含めて評価の基準を知っている。だから、一人のスター選手の給料がぽんと上がれば、他の選手も、それに応じた賃上げを要求するはずである。 
 もし経営側が、他の選手の賃上げに応じなければどうなるか?
 チームの中に不協和音が生まれ、やがて成績の低下につながるだろう。 
 もし経営側が大盤振る舞いをしたら、どうなるか?
 Jリーグの各チームには、まだ、それほど大きな収入源はない。したがって経営は大赤字になる。 
 それを埋めるには、どうするか? 結局は、親会社に頼るのではないか? それでは。企業チームからの脱皮をめざしたJリーグ発足の趣旨はどこかへ消えてしまうではないか?

選手の保有権は? 
新規程では、プロの場合は多年契約で保有権が生まれる!

 選手の引き抜き合戦が激化しているのを、Jリーグや日本サッカー協会は、どう見ているのだろうか?
 「Jリーグのチェアマン、新実力者の川淵三郎氏が心配して再三警告しているけど、チームがいうことを、きかないらしい」 
 と、友人が聞き込んできた。
 「それは、おかしい」 
 川淵氏は.Jリーグの創設を、ずっと手掛けてきた人物である。
 選手の保有権の問題を慎重に考えなければ、こうした事態になることは十分に承知していて、ぼくに面と向かって「ちゃんと対策を考えていますよ」と言明した人物である。 
 だから今ごろになって「心配」したり「再三警告」したりする筋合いではない。 
 これは何かの間違いだろう。 
 こういう問題は、チームやクラブに要望して、自粛を求めて解決する性質のものではない。 
 制度をきちんと作って対処しなければ対処出来るものではない。
 だから日本サッカー協会は、選手登録規程を4月から、選手移籍規程を7月から改正することにした。これには川淵氏も深く、かかわっているはずである。 
 新しい規程によれば、選手の保有権については、次のようになっているようだ。「ようだ」というのは、ぼくには明確には、その理念を理解出来ない点があるからである。 
 まず、プロ選手について――。 
 規程には「アマチュア以外の選手」と書いてあるが、実際にはクラブと契約しているプロ選手のことだろう。 
 協会が作った統一契約書のフォームによると、契約期間は任意に書き込めることになっている。 
 また契約期間満了後に、さらに前年の条件を下まわらないで、そのクラブが優先的に契約する権利(オプション)を含めた契約も出来ることになっている。 
 これは、いったんプロ選手になれば。複数年契約によって、クラブに保有権が生まれることを意味している。 
 たとえて言うと、カズと1億円で3年契約をした場合、3年間はクラブにカズの保有権がある。 
 かりに1年後にカズをトレードに出すとする。その場合は、残り2年間の契約を他のクラブに譲ることになる。つまり2年分の保有権を売るわけである。 
 カズの年俸が高過ぎるとトレードは難しい。カズを譲り受けたチームは1億円の給料、2年間で2億円の給料を肩替りしなければならないからである。 
 買う方のクラブが、年俸1億円プラス・アルファでも安いと思えば、トレードが成り立つ。 
 プラス・アルファは移籍料である。これは残り2年間の保有権の価格で、買ったクラブから売ったクラブに支払われる。 
 この額は本来、市場原理で決まるはずである。にもかかわらず、新規程では「移籍金算出基準」を作って定額に抑えようとしている。これはどうも、ぼくには理解し兼ねる点である。

過渡期だけの問題?
年俸と契約期間が選手とクラブの思惑で決まるのだが……

 「複数年契約が出来るといったって」と、友人が言う。 
 「選手は自由をしばられたくないから1年契約しかしないだろう?」 
 理屈のうえでは、それは違う。 
 たとえば、ラモスだったら……?
 もし「年俸1億円」の条件で「5年契約」ではどうか、と持ちかけられたら、これはいい話ではないか。 
 「なるほど。おれがラモスだったら直ぐサインするな。もうトシだからな。あと何年、選手生命が続くか分からないのに、5年間保障してくれればありがたい」 
 実際には、基本給のほかに、出場回数や成績によるボーナスが含まれるから、最初の年の総収入が、そのまま5年間続くとは限らない。しかし、基本給だけでも5年間保障されれば悪くない。 
 もちろん、クラブの方は、そんなには甘くない。 
 現在のラモスの力は、ぜひ必要だ。しかし今後5年間もラモスに頼れるとは思わない。そこで「年俸は1億2000円にしよう。ただし2年契約で1年のオプション」と言うかもしれない。そこでラモスとクラブの思惑のかけひきとなって実際の条件が決まるわけである。
  これが、若くて自信のある選手だと、選手の方は多少、給料が安くても契約期間が短い方を選ぶだろう。 
 「もし、おれが菊原志郎だったら」と、友人が言う。 
 「2000万円で5年間という条件は拒否するな。1000万円で1年間がいい」 
 1年間のうちにカズ以上に成長する自信があれば、1年後には1億円以上を期待して、どのクラブでも自由に選べる権利を保留しておきたいわけである。 
 クラブの方は、有望な若手を1年後に、みすみす他のチームに取られたくない。そこで、本人の実力は今のところは「1000万円」だと評価していても「2000万円で10年契約ではどうだ」と持ち掛けるかもしれない。つまり10年間の保有権を総額2億円で本人から買おうとするわけである。
 こういうシステムでは「契約金」はない。なぜなら、その選手の現在の価格は、年俸と契約年数の中にすべて含まれるからである。日本のプロ野球の新人に高額の契約金が出るのは、いったん契約すると、そのクラブに永久保有権が生まれる制度なので、いわば生涯の保有権の価格なのである。 
 「ところで、今年の場合はどうなんだ。これから新しい契約制度になるんだけど、これまでの保有権は認めないのか」 
 そこが、抜け穴になっているので野放図な引き抜き合戦がうわさされているのではないか――と、ぼくは臆測した。 
 これは、過渡期だけの問題ではない。アマチュア選手がプロ入りするときも尾を引くことである。 
 アマチュア選手に対する保有権については、また改めて考えてみることにしよう。


前の記事へ戻る
アーカイブス目次へ

コピーライツ