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サッカーマガジン 1992年2月号

ビバ!サッカー 

南米よ、ゾーンに戻れ!
2ゴール、MVPのユーゴビッチは新スター

ゾーン守備への郷愁!
コロコロの敗因は、欧州風のマンツーマン守備にあった?

 今回もトヨタカップは、面白かった。南米のコロコロが完敗を喫したのは意外だったが、意外な展開になるのもサッカーの面白さである。 
 ぼくの考えでは、コロコロの敗因は、最近流行の欧州風の守り方にあったと思う。 
 コロコ口の守りの布陣は、図1のようだった。 
 最後尾のガリードは「リベロ」というよりはスイーパーである。34歳のベテランが、常に守備ラインの背後で守りを固めていた。 
 その前で2人のストッパーが、敵のツートップにぴったり付いた。大柄で頑丈なマルガスが、欧州の得点王パンチェフをマークし、活動量の多いミゲル・ラミレスがレッドスターの司令塔サビチェビッチに付きまとった。マンツーマンのマークとしては適材適所である。 
 右サイドのメンドーサ、左サイドのサルバティエラは、中盤に浮いている形の布陣である。 
 立ち上がりはコロコロが、しきりに攻めた。前評判通り、コロコロの攻め、レッドスターの守りで展開するように見えた。 
 ところが19分にレッドスターが先取点をあげた。この得点場面に、コロコロの守りの欠点が、はっきり出ている。(図2) 
 後方からの長いパスを、サビチェビッチが右サイドに出て受けた。 
 マークしているミゲル・ラミレスは、ぴったりとくっ付いていた。 
 サビチェビッチは、それを振り切って、内側にドリブルで出た。
 それと同時に、レッドスターのストシッチが右前に走り出た。マークしていたサルバティエラは、それについて外へ引き出された。そのために、サビチェビッチのドリブルの進路が空いた。 
 ゴールの正面にいたパンチェフはゴール前に向かって突進した。マークしていたマルガスも、それについて下がった。 
 そのためにできたゴール前、左寄りのスペースに、サビチェビッチのパスが通り、そこへ後方からユーゴビチが進出した。 
 ゴールキーパーの出るのを見て、左足で止めて右足のアウトサイドでシュート。ボールは右ポストに当たってゴールの中に、はね返った。 
 コロコロの守りが、厳しい、忠実なマンツーマンだったために、レッドスターの攻撃プレーヤーの動きにディフェンダーが引きずられて、空いたスペースができた。これが先取点を許した原因だったと思う。 
 もしコロコロの守りが、南米勢の得意としてきたゾーンの守りだったら、マークを切り替えながら空いたスペースを埋めただろうから、こういうことは起きなかっただろう。 
 南米の選手たちの気質には、ゾーンの守りが合っており、彼らの技術と戦術能力から見れば、4人の守備ラインによるゾーンで、十分、欧州勢に対抗できると、ぼくは信じている。 
 だから「南米よ、ゾーンに戻れ」と言いたいのだが、これは、ぼくの郷愁みたいなものだろうか。  

サビチェビッチの退場!
挑発されたのでもないのに相手を突き飛ばしたのはなぜ? 
 
 レッドスターの先制点は明らかに試合の流れを変えた。それまでは、コロコロが優勢に攻めに出ていたのだが、このゴールのあとは、形勢互角になった。レッドスターが落ち着きを取り戻し、コロコロには必要以上の気負いが出たためだろう。 
 その流れを、さらに意外な方向に変えたのが、前半終了3分前のサビチェビッチの退場である。 
 この退場は、プレーとは直接関係のない場所で起きたのだが、ちょうど記者席の前のあたりだったので、しっかり見ていた仲間がいた。 
 サビチェビッチが、マークしているミゲル・ミレスにボールを奪われた場面が始まりである。 
 サビチェビッチは、よほど悔しかったと見えて、振り切ってプレーに戻ろうとするミゲル・ラミレスのシャツを引っ張って引き止め文句を言った。パンツからシャツのすそが、引き出されるほど強く引っ張ったらしい。 
 ミゲル・ラミレスの方も何か言い返したのかもしれない。こぜり合いになって、サビチェビッチが、ミゲル・ラミレスの胸を両手で突いた。この場面はテレビにも映っていた。胸でなく「顔を突いたんだ」という仲間の記者もいるが、ぼくは確認していない。 
 突かれたミゲル・ラミレスは、グラウンドに倒れた。倒れた方は大げさすぎるように思ったが、突き飛ばした方に非があることは、言うまでもない。 
 プレーは、すでに相手陣内の方に進んでいたが、たまたま、振り返った主審の視線の先で、このトラブルが起きた。自分の目でサビチェビッチの行為を見ていたクルト・ルートリスベルゲル主審(スイス)は、ちゅうちょなく赤いカードを出した。これは当然である。 
  サビチェビッチを退場にした後、ミゲル・ラミレスに対しては、黄色いカードが出た。これは理由が分からない。テレビのビデオと同僚記者の目撃証言によって確認した一連の経過の中には、警告に値するような行為はない。 
 コロコロの選手がサビチェビッチを怒らせるようなことをし、サビチェビッチが挑発に乗ってしまったのだろうと、ぼくは邪推したのだが、挑発行為はなかったようだ。 
 ただ、試合の最初からしつようにミゲル・ラミレスにマークされていたサビチェビッチが、いらだったあまり我を忘れてしまったのではないかと思う。 
 サビチェビッチは、レッドスターの主将で、攻めの中心になっているスタープレーヤーである。前半19分の先制点も、サビチェビッチの足技と好判断と好パスから生まれたものだった。退場がなく、試合が1対0のまま終わっていたら、最優秀選手に選ばれたかもしれない。 
 こういうすぐれた選手が、よくない行為をしたのは残念だった。テレビを見ていた子供たちが真似をしないように祈りたい。 
 すばらしい試合の中で、これは一つの汚点だった。 

新しいスターの誕生!
10人対11人の試合の中から若いユーゴビッチが登場した!

 攻撃の起点だったスタープレーヤーが退場になり、レッドスターは10人になった。「後半はコロコロの猛反撃」と思ったのは、ぼくだけではないだろう。 
 ところが、試合の流れは、意外な方向に変わり、レッドスターが2点を加えて快勝した。こういう思いがけないことが起きるから、サッカーは面白い。 
 テレビを見た友人が「サッカーは人数が少ない方が有利なのかね」と変な質問をした。 
 もちろん、そんなことはない。ちゃんと11人いる方が有利なことは確かだが、1人くらい少ないのは、それほど影響しない場合もある。バスケットボールで5人対4人になったら試合にならないと思うが、サッカーでは、それほどのことはない。 
 今回の試合では、退場者が出た時点で1点リードしていたのが、レッドスターを助けた。リードしているから、守りを固めて戦うことができる。攻めの方の人数を1人減らして守りに回すので、守備面では人数の不利はない。 
 その守り方が非常に巧みだった。コロコロがトップに残しているヤニェスを、バシリェビッチがしっかりマークし、判断のいいベロデディチをリベロに、6人で守備の網を張った。基本的にはマンツーマンだが、空いたスペースを次々に埋めていくゾーン的な感覚は南米のコロコロより柔軟だった。若いゴールキーパーのミロイェビッチの好守もあった。 
 攻めは人数が足りないのだから逆襲が頼りである。リードされているコロコロは焦って攻めに出てくる。それを引き寄せて守り、ボールをとったらすぐ速攻に出る。これが絵に描いたように成功した。 
 その殊勲者が22歳のユーゴビッチだった。
 ユーゴビッチは、中盤の底で守りの役割を主として担っていた。最初のゴールを決めてはいるが、前半の主な仕事は守りだった。 
 ところが、人数が少なくなった後半は、逆襲のチャンスに前に飛び出していく攻撃的な役割で活躍した。
 後半13分の2点目をゴール前の混戦から決め、27分の3点目は中盤でミハイロビッチヘのすばらしいパスを出して速攻の起点になった。 
 こうしてみると、サビチェビッチの退場が、かえってレッドスターの得意な試合の形を作る原因になり、新しいスターの登場を促す結果になっている。「禍を転じて福となす」である。 
 1991年のトヨタカップは、ひょっとしたら、ユーゴビッチが世界に登場した試合として記憶されることになるかもしれない。


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