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サッカーマガジン 1992年1月号

ビバ!サッカー 

審判をめぐるトラブル
選手や監督の態度を改める必要もあるが

コニカ杯の退場事件!
審判の処置は間違っていなかったが、見落としがあった?

 「近ごろの審判は、ひどいよ。処分される選手や監督が、かわいそうだ」 
 日本リーグとコニカカップで審判をめぐるトラブルが相次いだのについ、友人が口をとがらせていう。 
 「そうかね。そんなひどい例があったか?」 
 友人は正義感には燃えていて、かつサッカーに詳しいつもりでいるが、実は審判について十分な知識を持っていない。 
 いや、友人だけでなく、選手や監督、コーチだって、審判について正しい知識を持っている人物は、非常に少ない。 
 だから、ぼくは友人の主張を、う呑みにはしなかった。 
 「コニカカップの決勝がそうだ」と友人。 
 10月3日に、東京の国立競技場で行われた、このトヨタ対本田の試合は、珍しい点の取り合いだったが、後半26分に本田のドウグラス選手が退場させられて、その後は11人対10人の争いになった。 
 ドウグラスが、退場になったのはトヨタの選手ともめごとを起こして小突いたためである。 
 「だけど、あれは本当はトヨタの選手の方が悪い。トヨタの選手が先にドウグラスをけっ飛ばしたんだ。おれはちゃんと見ていた」
 「ふーむ。先にけったトヨタの選手には、警告も何もなかったのか」 
 「いや主審は気が付かなかったらしい。ドウグラスが退場になった後で、線審が主審に合図して何か言ったら、警告のカードを出した」 
 「それなら、主審は間違っていないと思うね」 
 ある選手が乱暴なプレーをし、それを怒った相手の選手が、報復としてやり返したら、最初に乱暴なプレーをした方は警告でも、報復した方は退場させられて当然である。 
 最初の乱暴なプレーに主審が気が付かなかったので、カードを出す順序は逆になったが、気が付いた線審のアドバイスで処置したのだから、主審と線審の協力の一例ではないか。 
  「いや、そういう状況ではないんだ。タックルが乱暴だったとか、そんなんじゃなくて、プレーに関係ない2人のこぜり合いなんだ」 
 もし2人が、けり合いや殴り合いをしたのだったら、両方とも退場させるのが当然である。 
 「そうなんだ。だから不公平だというんだ」 
 正義漢の友人は、ますます口をとがらせた。 
 しかし「審判がそんな不公平をするはずはない」と思ったから、事情を知っていると思われる人たちに電話をかけて聞いてみた。 
 「いや、線審が主審にアドバイスしたのは別の件です。トヨタの選手が審判の悪口を言ったのを、線審が聞き咎めて主審に連絡したので警告したということです」 
 トヨタの選手が先にけ飛ばしたのは、主審にも線審にも見えなかったようだ。見えなかったものを処罰しろというのは無理である。 

試合後に分かった違反?  
主審の温情はアダになったがコミッサリー制度が機能した

 「全日空の田口の件も、よく分からないな」 
 と友人が言う。 
 10月16日に川崎等々力競技場のナイターで行われたコニカカップの読売クラブ対全日空の試合で、全日空の田口禎則選手が、審判に乱暴を働いたということで、1年間の出場停止処分になった。 
 これは、試合の時には警告にも退場にもなっていなくて、後になって処分が発表された。 
 「審判に乱暴したということだけど、その時に退場にしないで、後で問題にしたのが分からない」 
 これも、事情通を探して電話で聞いてみた。 
 「試合が終わった後で、試合中のオフサイドの判定に文句を言って線審を小突いているんだね。試合が終わった後だったので、審判は退場処分に出来なかった。だけど主審が提出した報告書には、ちゃんと書いてある。だから、その報告に基づいて、規律委員会で処分を決めたんだ」 
 「なるほど。でも1年は厳しいんじゃないのか。昨年、三菱の選手が線審を小突いて退場になったときは確か半年だったが……」 
 「審判に抗議して手を出したときの処分は1年間の出場停止という基準があるんだ。これは国際サッカー連盟(FIFA)の基準と同じなんだ。その範囲内で状況によって寛大に、ということで、昨年の場合は、半年にしたらしい」 
 「まあ、厳しく罰することが目的じゃないんだから、半年にしたのはいい。だけど、去年と今年で処罰が違うのは、おかしいじゃないか」 
 「実は、去年のケースと今度のケースは状況が違うんだ。今回のケースは、試合中にもペナルティーキックをめぐって主審に突っ掛かっているんだね。つまり、この試合をめぐって2度、審判に抗議し、乱暴したわけだ」 
 「試合中に主審に抗議した時点では警告か退場にしなかったのか」 
 「うーむ。それが、ちょっとまずいところだね。実はその前に、一つ、別の件で警告カードを出していた。だから、この主審に抗議した件で警告を出すと退場になる。だから、おそらく、主審は温情と試合をスムーズに進めたいのとの両方で、不問に付したんだ。つまり被害者は自分なんだから、自分がなかったことにすれば、穏便にすむと思ったんじゃないか」 
 「でも、規律委員会が処分を検討したときには、それも材料に入れたわけだな」 
 「試合中に取り上げなかったのだから、主審からの報告書には、この件は書いてない。しかし、スタンドから見ているマッチ・コミッサリー(試合監察員)からも報告が出る。それには、これが、ちゃんと書いてあった。それをもとに審判員と本人からも事情を聞いて、昨年の例よりは重い処分になったわけだ」 
 規律委員会とコミッサリーの制度が、きちんと機能したのは結構だ。処分は適切だったと、ぼくは思う。  

審判割当ての難しさ!
不手際のあった試合の主審をまた同じカードに起用とは?

 読売クラブ対全日空のカードは、10月5日に国立競技場で行われた日本リーグの試合でも、手際の良くないことがあった。 
 全日空が攻め込み混戦からシュート、あわやゴールというところを、読売クラブの堀池が手で止めた。その瞬間に主審の笛が鳴った。 
 ペナルティーキック――。読売クラブの選手たちも、そう思ったようで、主審を取り囲んで何やらアピールしていた。 
 ところが実は、読売クラブの方のフリーキックだった。堀池のハンドリングの前に、全日空の方にキーパーチャージがあったのを、とったらしい。 
 それにしては、笛のタイミングは遅かった。フリーキックの場所を指したのが、ペナルティースポットを指したように見えた、という人もいる。 
 さらに、読売クラブの選手たちに取り囲まれた後に、フリーキックであることが、はっきりしたのも、まずかった。抗議を受けて判定を覆したような印象を与えたからである。 
 サッカーでは、主審の決定が最終的なもので、抗議もアピールも受け付けない。だから選手に取り囲まれたからといって、判定を変えるはずはない。 
 また、笛のタイミングが遅かったにせよ、指示があいまいに見えたにせよ、主審が「初めからフリーキックの判定だった」とするなら、それが正しい。 
 しかし――である。 
 人間は、感情の動物だ。 
 主審が正しいことは分かっていても、観客やベンチに、すっきりしない印象を与えた後では、その主審に対する信頼感が乏しくなるのは、やむをえない。 
 だから、その主審を、同じチームの試合に続けて当てるのは避けるべきである。主審が正しくても、選手たちからの信頼が乏しければ、うまくはやれないからである。 
 ところが、コニカカップの読売クラブ対全日空の試合の主審は、リーグのこのカードの主審と同じ人物だった。これは、審判割り当ての不手際ではないか。 
 その点についても事情通に聞いてみた。 
 「いや、実はコニカカップのあのカードの審判は、高田静夫氏の予定だったんだ。高田氏が急に外国に行くことになったんで、急いで代わりを探したら、あんなことになった」 
 リーグとコニカカップは、審判割り当てをする係の役員が違う。それで気が付かなかったらしい。それに審判員の層が薄いので、急に代わりを探そうにも、人がいないという事情もあったようだ。 
 いろいろ話を聞いてみて「難しいもんだな」ということは、よく分かった。 
 フィールドの中で喧嘩をしたり、審判を小突いたりする選手や監督の方が、まず態度を改めなければならないのは、もちろんだ。 
 そういうことは承知のうえだけれども、審判のレベルをあげるために何か方法が、ないものだろうか、という気がする。


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