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サッカーマガジン 1991年7月号

ビバ!サッカー 

2002年へのスタート
ワールドカップ招致には大賛成。問題点は?

900人の大招致委員会
W杯とは何かを財、政、官界全部に理解してもらうには?
 これから11年後、2002年をめざして、いよいよ、ワールドカップを日本で開こうという計画が動きはじめる。財団法人日本サッカー協会を中心に、2002年ワールドカップ招致委員会が、6月10日に東京で設立総会を開く段取りである。
 「ワールドカップを日本で!」
 と、ぼくは20年以上、主張し続けている。だから招致には大賛成だ。
 というわけで、期待に胸をふくらませて、日本サッカー協会に、村田忠男専務理事の話を聞きに行った。
 「招致委員会のメンバーは、経済4団体、地方自治体、学校関係の団体、企業の業界団体、体育協会や日本オリンピック委員会などのスポーツ団体などの代表者を含め、まず300人くらいに、お願いしている」「ひぇー!300人も!」と、ぼくは驚いた。
 経済4団体とは経団連、日経連、経済同友会、日本商工会議所で、いわば日本の財界のすべてである。この他に青年会議所など地方の財界にもお願いしているという。
 この調子で、日本の社会のあらゆる分野のお偉方に声をかけたら、300人でも、まだ足りないだろう。
 「もちろん、他にサッカー界の内部の人たちが入ります」
 日本サッカー協会の理事だけでなく、地方のサッカー協会の首脳部や日本リーグ関係も入ってもらって、これが約300人。
 文部省や外務省など政府関係の協力は欠かせないが、これは現在の段階では入ってもらえないらしい。しかし、将来は、なんとか内部に入れて一緒にやってもらうようにしなければならない。これが300人。
 合計で将来的には1000人に近い大委員会になるような話だった。
 なぜ、こんな所帯の委員会を考えたのか?
 思うに、これは日本でワールドカップを開催する場合の最大の問題が「ワールドカップとは何か」を、日本の社会全部に理解してもらうことだからだろう。
 「サッカーのワールドカップは、卓球や陸上の世界選手権とは、全く違う規模のものなんだ」
 ということを、財界や政界や官界の人たちが、みな理解してくれなければ、日本では、ワールドカップは開けない。
 しかし――。
 「サッカーのワールドカップは、ほかのスポーツイベントとは違うんだよ。ある意味では、オリンピック以上の国家的な、そして国際的なものなんだよ」
 こんなことを、いくら口を酸っぱくして言ったって、4年に1度の大会を実際に外国に出掛けて見たことのある人でなければ、日本では理解してくれないだろうと思う。
 そこんところを何とかするためにあらゆる団体を取り込んで、大招致委員会を考えたのだろうと思う。
 これも、ひとつの方法ではある。
 しかし、山のように肩書きを持っている財界人のお偉方に900分の1の並び大名の肩書きを贈っても、たいして気にも止めてくれないだろうから効果は期待薄かもしれない。

会長には熱意ある大物を!
サッカーを本当に理解し、中心になって推進する人物を!

  大規模な招致委員会が、うまくいくかどうかは分からないが、招致運動のスタートの段階から、日本の各界、各層に広く協力を求め、キャンペーンを張ることには、大賛成である。ワールドカップは、いろいろな意味で、サッカー界の力だけでは開けないイベントだからである。
 6月に発足する招致委員会の会長には、どうやら財界人が考えられているようだ。良い方に引き受けていただけるなら、それも結構である。
 実は1年ほど前、ニューヨークに駐在していたときに、ちょっと思いついて、東京のサッカー協会のある実力者に国際電話をかけて、意見を述べたことがある。
 「将来、招致運動の中心になってもらうために、財界か政界の誰か適当な大物に、イタリアのワールドカップを見に行ってもらうように工作しては、どうだろうか」
 日本のサッカー協会側の電話口での答えは、こうだった。
 「それは、すでに打診してみたんだけれど、6月は政財界とも忙しい時期で、皆さん、海外には出掛けられないらしいんですよ」
 そのとき、ぼくの頭の中にあったのは中曽根康弘・元首相だった。
 米国では元国務長官のヘンリー・キッシンジャー氏がワールドカップ準備首脳になっている。キッシンジャー氏と中曽根さんは仲がいい。
 キッシンジャー氏は、イタリアへ行くことになっていた。そこで「決勝戦だけでも一緒に見ないか」と、キッシンジャー氏の方から、中曽根さんに声をかけてもらう形にして、日本の元首相が世界各国の大統領たちと並んで、貴賓席でワールドカップの熱狂を味わう機会を作ってはどうか、と考えたわけである。
 あの雰囲気を味わえば、中曽根さんだって「ワールドカップ招致のためにひと肌脱ごう」という気になるに違いない。
 東京のサッカー協会の首脳部は、もう少し若手の、将来を期待されている元文部大臣を考えたらしいが、いずれにしても、このアイデアは日の目を見なかった。
 招致委員会の会長は財界人でも、もちろんいい。多くの方面に影響力のある大物で、かつ、ただ名前を貸すだけではなく、ワールドカップが何であるかを理解し、熱意をもって推進してくれる人物がいい。そういう候補者は、何人かいる。
 会長の他に、政界、財界、官界から、本当に熱意をもって、それぞれの分野で中心になって、まとめてくれる人を見出す必要もある。でないと、多数のお偉方の招致委員は、名前を貸してくれただけの並びの大名になってしまう。
 とはいえ、招致運動の中核は、やはり日本のサッカー界である。
事務総長には、サッカー出身で、政治力と抱擁力と推進力のある人物が欲しい。できるだけ若手がいい。若手とは現在40歳代、2002年に60歳以下という程度である。
 こっちの方は、人材を見付けるのが難しいと思う。40歳代の有能な人物が、暇なはずがないからである。

誘致経費は42億円?
日本代表強化と招致、開催の予算は分けて考えなければ!

  東京の中心部を走っている地下鉄丸ノ内線の四谷三丁目駅で降りて、新宿の方へ3分ばかり歩いたところの新しいビルの4階に、2002年ワールドカップ招致事務局がある。電通から出向している酒井事務局次長と女性の事務局員2人が、いま、招致委員会発足の準備で忙しい。
 都心の1当地の約36平方メートルの部屋で家賃が月87万円。外人ビジネスマン向けの貸し事務所で、この辺では割安だというが、「ちょっとしたお値段だな」と、ぼくは思う。
 それでは、ワールドカップ誘致のための全経費は、どれくらいかかるんだろうか。
 協会の村田専務理事は、お金を集める方法から話してくれた。
 「2002年のワールドカップ開催地が決まるのは1996年。招致のための費用は、それまでの6年間必要なわけです。その間、サッカー協会の中で年に2億円、それ以外に一般から6年間で30億円集めたいと計画しています」
 つまり6年間では、協会内で12億円、それ以外で30億円、計42億円である。
 協会内でお金を集める方法は、こうである。
 まず、協会の登録選手の登録料に1人300円を上積みする。現在、サッカーの登録選手数は、60万人。かりに全選手に300円ずつ上積みできれば、1億8千万円になる。
 そのほかに、協会の役員、地方のサッカー協会の首脳には、1人年に1万円を出してもらう。初年度には10万円を寄付してもらうという。
 一般から集める30億円は寄付と事業収入になる。いま国際試合を一つ計画すると2億や3億の予算になるから、年に5億円ぐらいは、なんとかなりそうに思えるが、これは経費も含んだ金額である。純益だけで、年に5億円集めるとなると、一工夫も、二工夫も必要だろう。
 「協会内でもお金を集めるのに、全国の地方組織の合意が出来ていないんだ。東京にも幹部の独断専行だという声がある」
 「トヨタカップのようなイベントに対してなら冠がつきますが、成功するかどうか分からない誘致運動に協賛する企業を探すのは難しいでしょうね」
 こんな声が、すでに、ぼくの耳にも入っている。
 金額や方法が適当かどうかは、現時点では、ぼくには判断しかねるが、少なくとも日本のサッカー界が総力を結集して協力できるように、納得できる説明と根回しは必要だろう。足元を固めないで外部の協力を求めるのは危険である。
 集めたお金を、どう使うかの詳細は、これからのようだが、協会内で集める金額の3分の1は「日本代表チームの強化に当てる」という説明が気になった。
 ぼくの考えでは、日本代表チームの強化は日本サッカー協会の仕事であって、招致委員会の仕事ではない。そこの辺りのけじめは、しっかりわきまえて、マスコミなどにも説明できるようであって欲しいと思う。


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