川淵強化委員長の2役
利害対立することのあるプロ・リーグとの兼任は疑問?
日本サッカー協会が、やっと代表チーム強化の新体制を発表した。
強化委員長は川淵三郎氏、副委員長は2人で加茂周さんが技術担当、藤田一郎氏が総務担当である。
「川淵はプロ・リーグの責任者じゃないのか。1人で2役やるのか。サッカー協会には、そんなに人材がいないのか」
友人が嫌味たっぷりに質問した。
人材は、雲のようにいる。かりにサッカー界にいなくても、プロ・リーグの経営などは、他の分野から人材を連れてくることも出来る。ただ、働き盛りの有能な人材は忙しいだろうから、なかなか来てくれないという事情は、あるだろう。
「だから川淵委員長は、他の人材が来てくれるまでの暫定措置じゃないのかな」と、ぼくは推測した。
協会の内部の事情に詳しい人にも二、三、尋ねてみたのだが「暫定措置だろう」という人と「いや、1人でみな抱え込むつもりらしいよ」という人と見方は分かれていた。
ぼくの考えでは、川淵氏の委員長は適任である。自分自身の考えを持ち、決断力も実行力もある。プロ・リーグ推進で、その能力は十分に示されたと思う。自民党の小沢前幹事長のように腕力があり、失礼ながら小沢さんより、ずっと男前である。
川淵委員長の選手強化策についての考えは、おそらく、このページでぼくが十年一日のように述べている考えとは、かなり違うだろう。
しかし、世の中に、いろいろな考えがあるのは当然である。
反対意見を聞くと、すぐかっとなったり、聞く耳を持たなかったりするようでは困るが、いろいろな意見があって、議論を戦わせるのは、進歩のもとである。
というわけで、考え方は違っても川淵委員長の剛腕に大いに期待したいのだが、プロ・リーグの責任者との1人2役には引っ掛かる。
一つの仕事に全力を集中するのがいいのは、いうまでもないが、それに加えて、プロ・リーグの責任者の兼任には、別の問題があるからだ。
将来、日本代表選手の大部分は、プロ・リーグのチームに所属していることになるだろう。
日本代表強化のスケジュールと、リーグの利害が一致しないことは、これまでにも、しばしばあったが、プロになれば、ますます多くなるに違いない。
そのとき代表チーム強化の立場に立って、リーグとの食い違いを調整するのは、強化委員長の重要な仕事の一つだろうと思う。
一方、プロ・リーグの責任者は、リーグの利益を守るべき立ち場であって、協会あるいは代表チーム側に対してリーグの主張をぶつけなければならない。
したがって、この1人2役は、筋道からいって適当でない。
「労組の委員長が、中労委の経営者側委員になるようなものかな」
友人は、分かったような、分からないような、たとえを出した。
川淵氏の1人2役は、暫定的なものであって欲しい、とぼくは思う。
加茂周監督にしないのは?
横山監督の上の技術担当では木に竹を継ぐようなものだ!
強化委員長の下に副委員長を2人置く。1人は総務担当で藤田一郎氏だそうだ。藤田氏は、京都の高校の先生だったが、現在は先生はやめて日本サッカー協会から給料をもらっているらしい。
ジュニア・ユースの監督など若手の技術指導を長い間、担当していたが、監督、コーチとして、どんな実績を挙げたか、申し訳ないがちょっと思い出せない。しかし、総務担当になったのだから事務能力と渉外能力は抜群なんだろうと推測する。
そういう人物が、代表チームと協会、あるいは代表チームと選手の母体のクラブの間に立って、具体的な問題を調整し、潤滑油になるのは、ぜひ必要である。
さて、もう1人の副委員長は、技術担当で加茂周さんである。技術担当は「現場のチーム作りを助ける」のが仕事だという。
加茂周さん(現、全日空顧問)は日産の監督として輝かしい実績を残している。代表チームの強化に携わるのに、今の日本で、もっとも適当な人材かもしれない。
「だけど横山兼三監督の上に加茂周を置くのは、木に竹を継ぐようなものじゃないか」と、友人が首をかしげた。
「横山監督は、強くて、速くて、頑張りの選手でチームを作る方針だっただろ。ところが、加茂周監督は、巧くて、速くて、賢い選手でチームを作るのが得意だ。まるで考え方が違うんじゃないのか」
横山監督のチーム作りの方針は、ぼくには、よく分からないのだが、加茂周さんが「巧くて、速くて、賢いサッカー」をモットーとしていたことは間違いない。
いずれにせよ、日本代表チームが2頭立ての馬車になるのは、よくないと、ぼくも思う。2頭の馬が、別々の方向に走ったり、お互いにけん制して速度を緩めたりしないように、1頭の馬に任せた方がいい。
「それなら、横山に辞めてもらって、加茂周を監督にしたらいい。なぜ加茂周を日本代表の監督に出来ないんだ」
友人は、昨年来の主張を、むし返した。
「今の協会の首脳部は、どういうわけか加茂周さんにアレルギーがあるという話だ」
ぼくは、事情通に聞いた話を受け売りして答えた。
「代表チームの監督は、日本代表として、胸に日の丸を付けてプレーした経験のある者でなきゃだめだ、と主張する人もいるらしい」
加茂周さんは、日の丸の経験はない。しかし指導者としての実績は日本一である。
代表チームの監督として、若いころの栄光と現在の実績と、どちらが重要かは、言うまでもないだろう。
加茂周を起用するなら、強化副委員長ではなく監督にして、現場の一切を任せるのがいい。
それが出来ないのなら、屋根の上に屋根をかけるような真似はやめて、横山兼三監督と心中する覚悟でやるべきだと、ぼくは思う。
女子日本代表の場合
強化優先で全日本選手権軽視の結果になったのは残念だ!
話は変わって、3月下旬に東京の西が丘で行われた第12回全日本女子サッカー選手権大会の件である。
優勝候補だった読売ベレーザや鈴与清水FCなどは、この大会に、ベスト・メンバーを出せなかった。女子の日本代表チームが、この期間に選手強化のためのブルガリア遠征をしたからである。読売ベレーザから5人、清水FCから3人が抜けた。
この件について読売クラブが「全日本選手権にベスト・メンバーで出る」と主張して、日本代表に選手を送らない態度を示し、サッカー協会と対立した――という記事が新聞にも出た。
最終的には円満に解決したので、ここに詳しい経過を書く必要はないだろうと思うが、ただ、この背後には「日本代表の強化を、どういう形で行うか」という基本的な問題があることは忘れないようにしたい。
ぼくの考えでは、全日本選手権は日本サッカー協会にとって、もっとも重要なタイトルである。したがって、各チームがこの大会にベスト・メンバーで出場するように、協会の方から要求するのが当然である。
ところが今回の場合は逆に、有力チームかベスト・メンバーを出せないような日程を協会の方で組んでしまった。これは全日本選手権の権威を自ら軽くしたようなものである。
いろいろ事情やいきさつはあったようだが、最終的には協会も、不手際を認め、これを今後の前例にするつもりはないことを、文書で明らかにしたということである。
とはいえ、日本サッカー協会にとって、日本代表の強化も大事な仕事である。代表強化を最優先させるという方針で、全日本選手権の権威は犠牲にしてもいい、という考えが出てきても、おかしくない。今回の経過の背後には、そういう「強化優先主義」が、あったと思う。
ぼくは、国内のサッカーをしっかりと守り育てることが第一で、それを怠っては、長い目でみて日本代表の強化も出来ないと考えている。いわば「国内優先主義」である。
さて、川淵強化委員会は、どういう方針をとるだろうか。
代表チームの監督が、代表チームとして長期の合宿や遠征を望むのであれば、プロ・リーグの各チームの反発を招くのは目に見えている。各チームも、それぞれチームをまとめたいし、プロとして国内の試合をしっかり経営したいからである。
代表チームの監督の希望を出来るだけかなえるように、強化優先の立場に立って努力するのが、強化委員長の仕事だろうと思う。
一方、プロ・リーグの責任者は、加盟チームの利益を守るために頑張るのが仕事である。
こういうように考えると、協会の強化委員長が、プロ・リーグの責任者を兼ねるのは適当でない。
ただ川淵氏のあの情熱と剛腕は、今後、強化の方に、より必要な気がする。
したがって、プロ・リーグの方に、いい後継者を見付けて、選手強化で川淵委員長に頑張ってもらえるといいのではないだろうか。
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