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サッカーマガジン 1991年1月号

ビバ!サッカー 

横山代表監督は辞めるべきか?
辞任する義務はない、
   しかし協会には解任の権利がある!

横山監督は辞任すべきか?   
アジア大会不振の責任をファンも報道陣も追求しているが

 北京でアジア大会が開かれていた10月には実はブラジルに取材に行っていた。サッカーの取材ではなく、ボリビアとパラグアイの国境にまたがる「パンタナール」に行っていた。 
 このパンタナールは、日本の国がすっぽり入るほどの広大な湿地帯である。その一部を9日間、ボートで走り回ったのだが、行けども行けども、水また水、森また森である。 
 ここは「動物たちの天国」で、大型、小型の鳥が何百種類も飛びかっている。ジャカレと呼ばれるワニが河辺をうろうろしている。すばらしく、面白く、美しい。 
 人間は、ほとんどいないが、それでも、ぽつん、ぽつんと牧場の宿泊所があり、魚を捕って細ぼそと暮らしている人たちがいる。そして、そんな所でも、手製のサッカーのゴールが立っていたり、子供がボールをけっているのを見かけたりした。 
 というわけで、楽しく健康に日焼けして帰国して、その話を「ビバ!サッカー」に書こうと思ったら、編集長が色をなした。 
 「そんな、のんびりした事態じゃありませんよ。いま、日本で何か起きているか知らないんですか!」 
 なぬっ! 留守中に中東で戦争が始まって、日本代表選手は、みな海外に派兵されてしまったか――。 
 あまりの剣幕に、そう思ったが、そうではなかった。 
 北京のアジア大会で、男子の日本代表チームは準々決勝で敗退した。さっぱり成果のあがらない代表強化にファンが怒って、横山兼三監督の退陣を要求している。ところが、日本サッカー協会は、いちはやく監督続投の方針を打ち出した。これは、どうなるのだろうか――ということらしい。 
 ぼくの留守中に、アジア大会の報告会が行われた。その席上で、サッカー記者が横山監督に敗戦の責任を追求し「辞任しないのか」と詰め寄った。「なかなか険悪な雰囲気だったね」と、ぼくの同僚のサッカー記者が言っていた。 
 ファンの中にも行動を起こした人がいる。協会が作っている日本サッカー後援会の会員が横山監督の辞任を求め「後援会を脱退しよう」と署名運動を始めたということである。後援会は年額1万円の会費を集めて選手強化費として協会に渡しているが、これ以上、ムダ使いをされたくない、というわけである。 
 一方、日本サッカー協会の村田専務理事は、福岡県の国民体育大会のときに開かれた全国会議で、すばやく「横山監督続投」の方針を報告し「了承された」ということである。 
 ぼくは同僚に聞いてみた。 
 「横山監督自身はどうなんだ」 
 「辞任するつもりは、まったくないみたいだ。北京では得点力が弱かった。今後はストライカー強化の特別トレ―ニングをやる、なんて見当違いを言っていた」 
 なるほど、読者の関心が、そちらへ向いているときに、のんびりとブラジルで遊んだ話など書かれては雑誌が売れなくなる。編集長が声を荒くしたのも無理はない。

監督解任を検討せよ!
6年の約束があるのなら自分から辞任する筋はないが…

 「横山監督が辞任しないのに不思議はないね」 
 日本代表の不振に腹を立てている友人に、こういったら、はたして友人は目をつりあげた。 
 「アジア大会の前には、失敗したら潔く辞任すべきである、といってたじゃないか。何だって今になって弁護に回るんだ」    
 日本のサッカーは、北京で「メダル」を目標にしていた。結果として目標を達成できなかったのだから、潔く責任を取れば、男の進退として美しいと思う。11月号に「潔く辞任すべきである」と書いたのは、そういう意味である。  
 しかし今回の場合、横山監督が自分から辞任しなくても、非難するわけにはいかない。なぜなら、横山監督は1994年まで6年間の約束を取り付けて、監督を引き受けているという話だからである。 
 「1994年のワールドカップに出場し、同じ年に広島で開かれるアジア大会で金メダルをとる」  
 これが横山監督の建てる家の構想なんだろうと思う。  
 そうだとすれば、途中で多少木を削りそこなったり、柱を曲げたりしても、いちいち責任を取って辞任することはない。「最後の出来上がりを見てくれよ」と開き直ればいい。  
  そういうわけで、横山監督の方から辞任を申し出る筋合いはない。欧米のプロの監督だったら、契約期間中に自分の方から辞任することは、まずないだろうと思う。  
 ただし、である。  
 横山監督が自分から辞表を出さなくても、サッカー協会が監督を解任することは出来る。
  家を建ててもらう約束で大工さんと契約しても、途中で建てっぷりに不安を感じたら、大工さんを変えるほかはない。その場合、最初の大工さんには、契約を途中で打ち切るための違約金みたいなものを支払わなくてはならないかもしれないが、それは止むを得ない。 
  そこで、今回の場合、北京のアジア大会に向けての横山監督のチーム作りと戦いぶりが、信頼し得るものであったかどうかが問題である。不安があるのなら、違約金を払っても途中で解任した方がいい。
 チーム作りについては、横山全日本の方針は首尾一貫してなかったように思う。この点はすでに11月号に書いた。 
 北京での戦いぶりは、テレビで見ただけだから正確なことは言えない。しかし。結果を評価をするなら、予選リーグでサウジアラビアに完敗したのは情けなかった。 
 準々決勝で負けたときの相手はイランだった。そのイランが最後に優勝した。準々決勝で金メダルのチームに当たったのは、組み合わせに恵まれなかった、といえる場合もあるだろう。しかし、試合内容は、どうだったのだろうか? 
 ともあれ、横山建築士の腕前を今からでもいいから、きちんと評価し直して、不安があったら、6年の約束はあっても、日本サッカー協会の方から解任すべきだと思う。

強化委員長の交代!
代表チームを評価すべき役職が監督と同一物だったとは…

 「そういう歯切れの悪いものの言い方しか出来ないのは、ブラジルなんかに行って遊んでるからだ」 
 と友人が、ぼくを非難した。 
 北京へ行って、日本代表チームの試合ぶりを、ちゃんと見ていれば、横山監督への評価を一刀両断に下せたはずだ、というのである。 
 ブラジルへは仕事で行ったので遊びにいったわけではないが、北京で試合を見ていないので、はっきりものを言えないのは残念である。 
 とはいえ、かりに北京で試合を見たとしても、外部の人間は十分な情報を持てるわけではない。 
 したがって代表チームの指導ぶりの評価を、日本サッカー協会の内部でも厳正に行う必要がある。 
 「協会の内部で評価をするなら、それは強化委員会の仕事だろうな」と友人は言う。 
 「ところで、強化委員長が誰だったか知ってるか?」 
 強化委員長は横山兼三氏で、協会の理事でもある。つまり強化委員長が、代表チームの監督も兼ねていたわけである。 
 「横山氏は自分で自分を評価するってことになるな」
 報告会の席で、そういう手厳しい質問をした記者もいたそうだ。
 ぼくが察するところでは、日本サッカー協会は「代表チームの成績を評価する」という仕事を、強化委員長にさせることは考えていなかったに違いない。 
 「それでは誰が評価するのか」ということになるが、それも、あまり考えていなかったのではないか。 
 アジア大会の日本代表の他に、ジュニアのオリンピック代表やユース代表などのチームがある。そういう年齢別の他の代表チームの監督との横の連絡を取る機関として、強化委員会を考えていたのだろうと思う。 
 ぼくの考えでは、強化委員会は、現場サイドの組織ではなく、フロント側の組織にすべきである。
 代表チームの監督は、協会にやってもらいたいことを、強化委員会を通して要求する。
 
要求が妥当であれば、その要求を実施出来るように強化委員会が努力する。 
 一方、代表チームの監督の指導ぶりや試合内容も、強化委員会が客観的に評価する。 
 監督の指導に口出しする必要はない。評価して、不適当な監督だということになれば、サッカー協会の理事会に解任を勧告すればいい。 
 日本サッカー協会も、さすがに代表チームの監督と強化委員長が同一人物であるのは不適当だと気が付いたようだ。「強化委員長には別の人物を任命する」と発表した。 
 このさい、委員長を交代させるだけでなく、組織の性格もはっきりさせなければならない。 
 「1人の監督に6年間もやらせる約束をしたり、強化委員会の組織がいい加減だったり、いったい、日本サッカー協会は何をやってたんだ」 
 と友人は憤慨した。 
 日本サッカー協会理事会の責任を厳しく究明すべきだと、ぼくも思う。


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