西ヨーロッパの1988〜89年は、華やかなクラブサッカーのシーズンだった。チャンピオンズ・カップはフリットの活躍でACミランが制し、UEFAカップはマラドーナのナポリがとった。カップ・ウィナーズ・カップはリネカーのバルセロナだった。
ワールドカップや欧州選手権で活躍したスーパースターが守りのサッカーを打ち砕き、華麗で魅惑的なサッカーがフィールドに舞い戻ってきた。1年後のイタリア90がいよいよ楽しみになってきた。
フリットの活躍は偶然ではない
―チャンピオンズ・カップ決勝―
フリットは右膝に白いバンテージを巻いてフィールドに出てきた。「フリットは調子が悪い。ACミランは苦戦だろう」というのが前日聞いた話だった。5月24日、バルセロナのノウ・カンプ競技場。欧州チャンピオンズ・クラブズ・カップの決勝戦である。
しかし、スタンドから見ていて「きょうはフリットがやるぞ」という予感がした。前年の欧州選手権でオランダが優勝したときのイメージが、目の前のフリットと重なったような気がしたのである。
相手はルーマニアのステアウア・ブカレスト。労働量が多く、チームワークがいい。そして守りが厳しい。ACミランには、テクニックのいい選手が揃っているが、激しい守りの試合になったときは、労働量と守りの厳しさで、ステアウアに分がありそうである。
そんな相手を打ち破るのに必要なのは、スーパースターの個人的な才能である。だからミランにとっては、フリットが完調であることが必要だった。現実には右膝を痛めているが、フィールドに送り込む以上は、フリットの才能をフルに生かし、フリットがプレー出来る間に勝負を決めなければならなかった。
試合前にフィールドに出てきたフリットを見て、そんなことを思い浮かべたのだったが、実際に試合は、この予感の通りに、そしてミランのベンチの狙い通りに展開した。
立ち上がり、ミランは守りのラインを引いてステアウアに攻めさせた。下がって守り、長い逆襲のパスを前線のフリットへ合わせた。ミランの前線は、フリットとファンバステンのツートップである。
17分、後方からのロングシュートがはね返って、ゴール前でこぼれた。そこにちょうどフリットがいた。
「そこにたまたまフリットがいた」ということは出来ない。ゴール前でボールのこぼれ出るところをかぎ分ける才能が、フリットにはあり、だからこそ、ミランは、まず相手の守りをしのいで、逆襲をフリットに合わせる作戦を取ったのである。それが「見事に当たった」と言わなければならない。
リードすれば、もうミランのペースだった。ステアウアは、もう守りに頼ることは出来ない。攻め合いの試合になれば、個性的な選手の多いミランに分がある。
23分、ミランが2点目を取った。こぼれ球を拾って右から攻め上がったディフェンダーの完全無欠のセンタリングを、ファンバステンが完全無欠のヘディングでたたき込んだ。
3点目は、またフリットだった。39分、後方からのロビングを見事にワントラップして、軽く浮かせ、ボレーでたたき込んだ。軽妙、的確な個人技だった。
後半にはいってすぐの1分、これはアシストしたライカールトの殊勲だった。2人の敵を外して持ち込み、敵を引き寄せておいて、フリーになったファンバステンに渡した。
4点リードして勝負は完全に決まり、フリットは、自分の右膝を指さしてベンチに交代を求め、後半15分に引っ込んだ。役割を完全に果たしての退場だった。
この試合では、昨年の欧州選手権で優勝したオランダのスター3人の活躍が、ひときわ光った。
だが、その中でも、フリットが完全に主役だった。チームの先頭に立ち、チームをリードしていた。
大きなタイトルを取るには、フリットのようなスーパースターが絶対に必要である。
タイトルを取るために活躍したから、フリットがスーパースターになったのではない。逆説のように思われるかもしれないが、スーパースターの方が、タイトルよりも先にあるといわなければならない。
マラドーナは王様だ
―UEFAカップはナポリ―
欧州のクラブの国際タイトルが三つある中で、各国の上位チームを招待するUEFAカップは、イタリアのナポリが優勝した。
決勝は西ドイツのシュツッツガル卜との間で、ホームアンドアウェーで行われ、地元での第1戦は2対1で勝ち、敵地での第2戦は3対3の引き分けだった。ナポリは2試合で5点をあげたわけだが、この5点には、全部世界のスーパースター、マラドーナが関係している。
第1戦はシュツッツガルトに前半リードされた後、ペナルティーキックを、マラドーナが決めて同点にした。このペナルティーキックのもとになったのは、マラドーナのシュートで、これを相手がハンドリングしたものだった。
終了3分前の勝ち越し点は、マラドーナからのパスでカレッカが決めた。
第2戦の先取点は、マラドーナの後方からのパスを受けてカレッカが突破し、アレモンが決めた。
同点にされた後、前半の終わりごろの勝ち越し点は、マラドーナがヘディングで落としたボールを、フェラーラがボレーで決めた。後半にはいってからの3点目は。またマラドーナ−カレッカだった。3−1になったあと。シュツッツガルトが必死の反撃で終了間ぎわまでに2点を入れて同点にしたが、これはドイツらしい頑張りだったのだろう。
ともあれ、この得点経過をみると、マラドーナが、ナポリの中で果たしている大きな役割が分かる。
中盤でチャンスを作り、前線でボールをつなぎ、苦しい場面でチームの先頭に立ち、点取り屋のカレッカを生かしている。ナポリはマラドーナのチームであり、マラドーナはナポリの王様である。ここでも、スーパースターがタイトルをもたらした、ということができる。
欧州のクラブのもう一つのタイトルのカップ・ウィナーズ・カップの優勝はスペインのバルセロナだった。
ここでは、かつてのオランダの名選手、ヨハン・クライフが監督として力量を見せ、イングランドのリネカーが得点源となった。
カップ・ウィナーズ・カップの決勝戦の相手はイタリアのサンプドリアだった。イタリアは欧州のクラブの三大タイトルの全部にファイナリストを出した。
こうしてみると、欧州のクラブサッカーはいろいろな国のスーパースターの交流によって、伸びてきていることが分かる。その代表がイタリアで、クラブのレベルをあげ、新しいものを生み出すために、外国のスター選手が、大きな役割を果たしていることは粉れもない。
ワールドカップへの課題
―スターの活躍が期待できるか―
いま世界のスーパースターは、欧州に集まっている。アルゼンチンのマラドーナ、ブラジルのカレッカなど前回のワールドカップで活躍したスターはいま、イタリアでチームを率いている。
欧州の中でも、オランダの3人が、そろってACミランの主力になり、イングランドのリネカーが、スペインで活躍しているように、サッカーにはもはや国境はない。
もちろん、これはいまに始まったことではないが、外人選手はいまや雇い兵ではなく、それぞれのクラブの王様であり、将軍である。
いま、そういう能力を持つスーパースターが、その国のサッカー全体にも、大きな影響を与えつつあるように見える。
いま、欧州のサッカーでは「地域を狭めて厳しく守る」集中守備が流行している。守りに回ったとき、守備ラインをあげ、前線のプレーヤーが戻ってきて、狭い地域に相手の攻撃を封じ込め、ボールを持っている敵に2人がかり、3人がかりで、向かっていく、守り方である。
こういう守りに対して「攻める方は打つ手がない」と西ドイツのベッケンバウアー監督が話していたことがあるが、最近の欧州のクラブのサッカーは、スーパースターの個人的な力量で厳しい守りを攻め崩しているのではないか、という気がする。
ボールを持っているとき、2人がかり、3人がかりで向かってこられたとき、まず必要なのは、それをかわして持ちこたえるテクニックである。ボールをすばやく、思いのままに動かして相手に取られないようにしなければならない。
次に、そのボールを、空いている味方に確実に渡さなければならない。ボールを持っているところに敵が集中しているのだから、その逆サイドには必ず空いたスペースがあるはずである。そこに走り出る味方をすばやく求め、長くて正確なパスを出す。
そういう戦術限と、正確なサイドチェンジのパスを出す能力が要求される。そして自らもまた、最前戦に出て、ゴールを狙わなければならない。
これが、現代のサッカーに要求されるスーパースターの能力ではないだろうか。
しかも、この技術と戦術能力に加えて、苦しいときはチームを引っ張り、リードすればペースを変えるというような、リーダーシップが不可欠である。
こういうスーパースターは、ワールドカップでは、それぞれの母国に帰ってプレーすることになる。海外で主力となってプレーした経験は、それぞれのナショナルチームにも、影響するに違いない。それを見るのは、イタリアで開かれる来年のワールドカップの大きな楽しみになりそうである。 |