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サッカーマガジン 1986年11月号

ビバ!! サッカー!! ワイド版

日本代表壮行試合の意義は?
日本的な注釈つきの新しい選手登録規程

ふしぎな壮行試合
サンパウロ選抜との試合を組んだ協会はプロ意識を欠いていた

 「きょうはプロの日本代表が初めてそろって試合をするわけだ」
 国立競技場の記者席で友人がしたり顔で言った。9月8日夜のアジア大会壮行試合、ブラジルのサンパウロ選抜との試合だ。
 日本代表には、プロとして登録された奥寺康彦と木村和司がはいっている。2人がそろって日の丸をつけて出場するのは初めてだ。
 「だけどプロを名乗ったから急に巧くなるわけじゃないぜ」
 ぼくはちょっと、あまのじゃくを言ってみた。
 試合は3−0でサンパウロ選抜の完勝。若手の堀池と越後が生き生きとしていたほかは、日本代表にいいところはなかった。
 国内プロ第1号の木村は、まるで体調が悪かった。ボールをもらってからきょろきょろするので、たちまちパスのコースもドリブルのコースもふさがれてしまう。攻めのリーダーとして出場していたのに、まるで攻めのブレーキだった。
 一方、海外に行って日本のプロ第1号になり、ことし9年ぶりに、古河と日本代表に復帰した奥寺は、中盤にいて何をすればいいのか分からないふうだった。木村が攻めの中心だと思っているからだろう。ボールがきたら、できるだけ木村に渡そうとする。守りに期待されているのだとするとポジションが中途はんぱである。石井義信監督が奥寺をどのように生かそうとしているのか、その意図が分からない。要するに2人のプロは、そろってパッとせず「プロと名乗ったからって良くなるわけじゃない」というぼくのあまのじゃく発言が、不幸にして当たったかっこうだった。
 しかし、だからといって「日本のプロはだめだよ」というつもりはない。
 むしろ、この試合の不出来については、石井監督と木村、奥寺両選手に同情した。というのは、ぼくの独断と偏見によれば、試合の主催者の日本サッカー協会の今回のやり方には、良い意味でのプロフェッショナリズムが欠けていて、石井、木村、奥寺の3人はその犠牲者のように思われたからである。 
 だいたい、アジア大会のための強化試合を、この時期に、この相手と組む必要があったのだろうか。
 日本代表チームは集まってからこの日が4日目だった。チームとしてのコンビネーション、とくに奥寺を入れたときのコンビネーションはほとんどできていなかった。そんな時期に日の丸復帰のプロ奥寺を有料で見せるのはプロフェッショナリズムに反するのではないか。
 しかも相手のサンパウロ選抜は、ワールドカップ代表のベテランを含むそうそうたる顔ぶれである。これでは主役は、アジア大会に行く日本代表ではなく、国際的なスターを並べたサンパウロ選抜の方になってしまう。
 さらにいえば、これだけのスターをそろえたチームを招くのなら、しっかりとPRをして、ブラジルのサッカーの面白さをファンに知ってもらうような興行をするべきではなかったか。ところが、来日しないカレッカをポスターに使ったりしてマスコミの信用をなくし、せっかくの顔ぶれが新聞にはほとんど載らないしまつだった。
 というようなわけで、この時期にこんな形で試合をやらされた日本代表にぼくは、同情したわけである。

ノンプロってなあに
協会の新しい選手登録規程は3種類に分類されているが…。

 「ところでだ」 
 と友人が疑問を呈した。
 「奥寺のプロは分かるよ。西ドイツで本物のプロだったんだからな。だけど木村はどうなんだ。木村がプロで柱谷がプロでないというのは分からないな」
 ふーん、とぼくは考え込んでしまった。
 なにしろ日本サッカー協会がプロの登録制度をスタートさせたのは、ワールドカップのために、ぼくがメキシコに出かけたあとのことだ。その後、こっちはマラドーナに夢中になってしまったので、とんとこの問題を忘れていた。
 そこで改めて調べてみたところ、話はなかなかややこしい。
 協会の雑誌「サッカー」の第46号に通達文として新しい選手登録規程が載っている。
 その第二条によると、日本サッカー協会に登録する選手は次の3種類に分けることになっている。
 @アマチュア選手
 Aノン・プロフェッショナル選手「ノン・アマチュア選手」
 Bスペシャル・ライセンスプレーヤー「プロフェッショナル選手」
 なんとも、ややこしい表現だ。
 最初のアマチュアは、いいとしよう。
 分からないのはまず次のノン・プロフェッショナルだ。こんな言葉を、どこから引っぱり出してきたのだろうか。
 「以前に社会人野球のことをノンプロといっていたことがあったな。あれだろう」 
 と友人が年齢相応のことを思いついた。
 「あれはだな」
 とぼくが昔、聞きかじった知識を披露した。
 「ノン・オーガナイズド・ベースボールを短縮したものだそうだよ。つまり米国にはア・リーグとナ・リーグを頂点に3A、2Aなどのプロ野球組織がある。この大リーグ組織がオーガナイズド・プロフェッショナル、これにはいっていないプロをノン・オーガナイズド・プロフェッショナルといったらしい」
 ともあれ、ノン・プロフェッショナルという言葉を、日本のサッカーでなぜ使うことにしたのか、ふしぎである。
 日本サッカー協会の新規程では、ノン・プロフェッショナル選手と書いて、すぐその下に、「ノン・アマチュア選手」とつけてある。奇妙なことに、これは最初についているだけで、その後の説明の中では取り去ってある。
 ノン・アマチュアという言葉だけなら、これは、立派に国際的に通用している。国際サッカー連盟(FIFA)の規則では選手の資格を@アマチュアAノン・アマチュアBプロフェッショナルと3通りに分けてあるからである。
 こまかい話はここでは省略するけれども、このFIFAの規定のノン・アマチュアは文字通り「アマチュアではない」という意味で、その国のアマチュア選手権には出られない選手を指している。
 「日本の規程を書いたヤツは、そんなことは知らなかったんだな」
 これが、わが単純な友人の乱暴な結論だった。

広告に出る権利
プロ選手の登録を制限するのは企業チームの身勝手ではないか

 さて日本サッカー協会の新選手登録規程の3番目がプロである。 これもスペシャル・ライセンスプレーヤー「プロフェッショナル選手」とややこしく書いてある。なぜ分かりやすく、国際的にも通用する「プロフェッショナル」だけにしないのだろうか。
 「木村和司選手はスペシャル・ライセンスプレーヤーになりました」なんて何のことか分からない。
 「呼び方はどうでもいいよ。要するにプロはプロだろ。だけど、なぜ奥寺以外には木村しかプロにはなれかいのかを教えて欲しいね」
 友人は最初の疑問を思い出した。
 実はこれがまた、ややこしい。
 「選手登録規程」のほかに「スペシャル・ライセンスプレーヤー制度施行細則」というのが別にある。
 それによると、このややこしい呼称の日本式プロ選手は「心技ともに優れた選手」であって日本サッカー協会から「スペシャル・ライセンスプレーヤーの認定を得た選手」ということになっている。
 つまりスペシャル・ライセンスというのは、プロになることを「特別に許可する」ことらしい。
 「そうするてえと、日本には奥寺と木村のほかには心技ともに優れた選手はいないというわけか」
 友人はぶぜんとした表情だ。
 「だけど、どうして協会が厳重に制限をしなけりゃならないの。優秀な選手でなければ、チームはお金を出してくれないから、どうせプロにはなれないだろう。プロになるか、ならないかは本人とチームに任せておいてもいいじゃないか」
 友人はしごく、もっともな疑問を出した。
 その通り。しかしこれには深いわけがある。
 新しい、そしてややこしい規則を、こまかく読んでみて、三つの選手資格の間には重要な違いがあることが分かった。
 アマチュア選手は、サッカーをすることによって、お金をもらわない。これは常識だ。 
  ノン・プロフェッショナル選手は、競技することによってお金をもらう。つまり本当はプロである。
 ところが、このプロは広告に出てお金をもらってはいけない。ただしタダで自分のチームの関連会社の宣伝に使われることはある。
 さてスペシャル・ライセンスプレーヤー、つまり日本式プロだけが、協会とリーグの承認を得て、コマーシャルに出てお金をもらうことができる。
 「なるほど、つまり日本式プロはコマーシャルに出る権利だってわけだ。その権利をなるべく認めたくないというのが協会の本音だろう」
 友人は一見鋭い指摘をした。
 「日本リーグのチームは、ほとんど会社チームだからな。選手にむやみにコマーシャルに出られたら困るので、ややこしい制限をするんだろう」
 この規則を考えた人たちがそこまで考えていたかどうかはともかく、友人の指摘は、本質的には当たらずといえども遠からずだと、ぼくは思う。
 日本のサッカーがプロヘの第一歩を踏み出すために新しい規程を作った苦心のほどはよく分かる。しかし、この規程はあくまでも過渡的なものでなければならない。
 本当に国際的な規則を改めて作るときが、近い将来に必ず来るのではないだろうか。


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