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サッカーマガジン 1986年9月号

ビバ!! サッカー!! ワイド版

不運はあったが高田氏は合格
審判の横暴で泣いた?デンマークとアルネセン

審判横暴の大会?
デンマーク大敗の遠因になったのはアルネセンの退場だ

 「メキシコの大会は、あらゆる点ですばらしい。ただし審判を除いては――」
 これはメキシコ・ワールドカップの準々決勝の翌日に、アルゼンチンのマラドーナが、インタビューにこたえて話した言葉だ。
 ぼくに言わせてもらえば、マラドーナの発言は、まだ生ぬるい。メキシコは「審判横暴の大会」だったと言いたい。
 全部で52試合を通じて、黄色のカード(警告)が132枚出た。4年前のスペイン大会は、同じ52試合で99枚だった。33%増である。ほかに退場が9人もあった。
 それだけ試合が荒っぽかったかといえば、そんなことはない。前回にくらべれば、フェアで、おとなしいものだった。警告が増えたのは、レフェリーが、むやみやたらに権力を振るったからである。
 一つ例をあげると6月13日の1次リーグE組の最終戦、デンマーク対西ドイツのアルネセン退場だ。
 主審はベルギーのアレシス・ポネ氏。47歳である。
 前半35分にデンマークのアルネセンが右サイドからドリブルで攻め込み、ペナルティーエリアにはいりかけるぎりぎりのところでタックルで倒された。
 記者席から見たかぎりでは、明らかに西ドイツの反則だった。
ところがである。
 黄色のカードを出されたのは、起き上がったアルネセンの方だった。
 「おかしい、逆じゃないのか」
 「わざと倒れてペナルティーキックを狙った。だからけしからん とみられたんじゃないの?」
 「そんなバカなことがあるのか」
 記者席では、無責任に審判の悪口を言っていた。
 この主審は後半になって西ドイツのエデルとヤコプスにも警告を出した。エデルヘの警告も、ちょっと変だな、と思ったが、それはここでは置いておく。とにかく黄色い紙を出したがる人だった。
 さて、デンマークが2‐0とリードして、試合終了近くの後半43分である。アルネセンがまた、ドリブルで攻め込んで、西ドイツの反則のタックルに倒された。今度もまた、倒された方のアルネセンが犠牲者になってしまった。2度目だから今度は退場だ。
 このときは、もつれて倒れて起き上がりぎわに、アルネセンが相手をけったような形になったらしい。意図的にやったのなら退場になって仕方がないが。意図的だったかどうかを判断するのは、主審の主観に任されている。
 アルネセンは試合のあとで「そんなつもりはなかったんだけど……。ばかなことになった」としょげ返っていたそうだ。
 この退場のためにアルネセンは次のスペイン戦に出られなくなり、デンマークは1−5で大敗した。
 「あの主審が、デンマークをぶちこわしたんだよ」
 というのが、デンマークびいきの友人のふんがいである。

律義者の警告沢山
「反則の意図を見きわめよ」という指示が逆効果だった?

 審判について論評するのはむずかしい。
 高い記者席から見おろして知り得ることには限りがあるし、審判員は原則として新聞記者に説明をしないことになっているので、本当のところをなかなか知ることができない。 
  したがって、この記事も、ぼくの独断と偏見にもとづくもので、そのつもりで読んでいただきたい。
 さて、モンテレイでの高田主審の笛について、いささかの難をいえば「律義過ぎた」ということがある。「審判は規則にもとづいてやるものだ。律気にやって何が悪い」といわれそうだが、ぼくの独断によれば、ルールをしゃくし定規に適用するよりも、選手たちにのびのびと、活発にプレーさせることが先である。
 高田主審は、アルジェリア−スペインの前半終了の笛を3分45秒遅らせた(ぼくが記者席で律義にはかったのだ)。すると観客席から例によってピーッ、ピーッと口笛が嗚った。「もう時間だぞ」というさいそくである。
 負傷者の手当てで通算4分近く時間をとられていたから、その分、終了を延ばすのは、おかしくはないのだが、そんなにきちんとやらなくても――というのが、ぼくの偏見である。
 また高田主審は、フィールド内への水の投げ入れに注意を与えていた。テレビでご覧になって、ご承知と思うが、今度の大会では、ビニール袋に水を入れて、試合中に選手に投げ与えるのが、はやっていた。
 これは、開幕前の打ち合わせで、「アウトオブプレーの間にやるのは認めよう」ということに、なっていたのだそうだ。メキシコの暑さが、かなりきびしかったからである。
 高田主審は、水の投げ入れがインプレー中にも行われそうだったので注意したらしいが、試合の進行中に主審がそこまでやることはない。もっと重要なことに神経を使った方がいい。
 つまらないことを指摘するようだけど、ぼくの見るところ「律気過ぎない」こと。つまり「融通がきく」ことは、ワールドカップ・クラスの審判員にとって重要な資質である。 
  さらにいえば、これがもっと重要な問題で「律義過ぎる」と、たいへんなことになる。
 今回のワールドカップでは、事前の審判の打ち合わせで「反則をした選手の意図を見きわめること」が強調されていたという。
 つまり、ドリブルで抜かれてしまったのを追いかけて、間に合いそうにないから足を狙ってひっかける意図でファウルしたら、きびしく処罰しようというわけである。
 明らかにそういう意図があれば、警告なり、退場にして当然だが、意図的だったかどうかを判断するのはつまるところ主審の主観だ。
 「律義過ぎる」審判員がいて、むやみに「意図を見きわめる」と、律義者の警告沢山(たくさん)になってしまう。それが黄色いカードはんらんの真相じゃないか――と言いたいのだが、あまり言いつのると、独断と偏見が深まるばかりだから、あとはビデオでも見て、ひとりで研究することにしよう。

高田主審への評価
GKの負傷を的確に判断して処理したのは合格点だ!

 メキシコのワールドカップの審判員には、日本からは高田静夫氏が選ばれて参加した。アジアからの3人の中の1人である。チームが出られなかったのだから、せめて審判で日本のサッカーを世界に知ってもらわなくちゃあね。昨年のワールドユースや一昨年のアジアカップ決勝での実績を認められてのことだというから、結構なことだった。
 その高田氏が、1次リーグD組のスペイン−アルジェリアでは、主審を務めた。日本からワールドカップの審判員が選ばれたのは、1970年メキシコ大会の丸山義行氏についで2人目だが、丸山氏は線審だけだったから、主審に指名されたのは、日本にとっては画期的なことである。
 6月12日、メキシコ東北部の工業都市モンテレイのテクノロジコ・スタジアム。ぼくはメキシコ市から飛行機で見に行った。
 結論を先に言えば「高田主審は悪くない。立派に合格点」である。日本人として初めての大舞台、ということで、ひいき目に見れば80点はつけられると思う。
 ワールドカップのレベルで評価しても、70点はやれると思う。外電で「とてもワールドカップのレベルではない」という、きびしい意見が伝えられたが、それでは他の国の審判員はどうだったのか、ときき返してみたい。
 ただ、高田主審には、いささか不運があった。それは試合が始まって間もなくの前半12分にアルジェリアのゴールキーパーのドリドが負傷して、ロスタイムを長くとらなければならなかったことである。
 ドリドは、キーパーチャージで倒されて、なかなか起き上がれなかった。ドクターをフィールド内に入れて手当てさせたが、これに1分近くかかった。
 プレーが再開されて2分後にスペインが先取点をあげ、さらにその2分後のコーナーキックのときに、ドリドが自分から「プレーを続けられない」と申し出て、しゃがみ込んでしまった。ここでまだドクターをフィールドに入れて手当てさせ、結局は担架で運び出してゴールキーパー交代となったのだが、これにも3分くらいかかった。
 その間、スタンドの観衆はピー、ピーと口笛を鳴らして「早く試合をはじめろ」とさいそくした。
 観客が退屈しただけでなく、選手たちは長い中断でリズムを崩し、審判もやりにくくなった。
 しかし、この通算4分ほどの中断は、まったくやむを得なかったと思う。
 負傷したのがゴールキーパーだったから、場外へ運び出して手当てを受けさせて、プレーを続けるわけにはいかなかった。
 また、負傷の程度がかなりのものであったことは、ドリドが病院に運ばれ、診断の結果があとから、わざわざ発表されたことでも分かる。
 高田主審はそのあと、フィールドに倒れた選手がいても「たいしたことはない」と見たときには、無視してプレーを続けさせていた。
 負傷の程度を的確に判断し、必要だと思ったときには、長い中断をおそれずに処置したのは正しかった。
 だから、十分に合格点だ――と、ぼくは思うわけである。


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