日本代表、楽観は禁物
シンガポールに勝ったのは森孝慈監督の成功だったが
「よかったな。快勝だな」
ワールドカップ予選で、日本代表チームがシンガポールに勝つと、例の友人が、さっそく大喜びしてやって来た。
「うん。本当によかった。森孝慈監督の貴重な勝利だ」
と、ぼくも日本の幸先きのいい1勝を、すなおに喜んだ。
「これで、いよいよ、来年はメキシコだ」
友人は、すこぶる楽観的である。
だが、ぼくは、それほど、お人好しではない。
たしかに、敵地シンガポールに乗り込んで2点差で勝ったのは、今後の星勘定を楽にした。
しかし、日本のサッカーの実力は今後の予選を、らくらくと勝ち抜けるほど、ずば抜けてはいない。ただこの1勝は1勝として、そのまま評価するだけである。
まず、シンガポールでの1勝の良かった点をあげよう。
日本があげた3点は、3点ともフリーキック、コーナーキックのセットプレーからだった。これが良かった。
「ふーん。でも新聞には、攻めの流れの中で組み立てたゴールも欲しかった、と書いてあったぜ」
と友人。
ぼくにいわせれば、それは欲ばりというものだ。
一つひとつの試合は、勝つことが先決であって、そのための手段を成功させることが第一である。
シンガポールに行く前の静岡県つま恋での合宿で、森孝慈監督は、しきりに、フリーキック、コーナーキックからの得点を狙う練習をしていたという。
シンガポール−朝鮮民主主義人民共和国の第1戦を偵察してきて、森監督は、シンガポールの守りの弱点を見つけてきたのではないか。そして、それはおそらく、敵はヘディングのせり合いに弱いということではないか――と、ぼくは想像した。
一方、日本の方の切り札は、まず技巧的なプレースキックを持つ木村和司だ。それにヘディングの切り札には、原愽実と加藤久がいる。このうち加藤久は、ディフェンスラインの中心だが、フリーキックやコーナーキックは、前に出ていくとチャンスになる。敵地での試合だから、まず守りをかためることを考える必要があるだけに、加藤久の出ていけるチャンスを活用しなければならない。
と、まあ、以上のようなわけで、森監督は、セットプレーからの得点を狙い、それが見事に実ったのだと思う。
だから、シンガポールでの1勝は「森監督の貴重な勝利だ」と、ぼくは言うわけである。
けれども、同じことを根拠に、メキシコへの前途は「楽観出来ない」と言うことも出来る。
日本の3点のうちで、文句なしだったのは、木村のカーブをかけたコーナーキックが直接ゴールした1点目だけである。あとの2点は、シンガポールの守りが、あまりにも弱過ぎたことに恵まれたものだった。
敵の弱点を狙って成功したのだから、それはそれでいいのだが、これは、次からの試合を占う好材料とはいえないだろう。
神戸ユニバーをどうする
上田監督辞任をめぐる協会の態度はわけが分からない
女子マラソンの増田明美さんは、ロサンゼルス・オリンピックから帰ると、所属していた会社をやめ「もう競技は引退して大学にはいりたい」と言っていた。
大学受験は、スポーツ選手として特別推薦を受けなかったので、かなり苦戦したらしいが、法政大学の通信教育部にはいることができ、同時に気が変わって、陸上競技に復帰することになった。「できればユニバーシアードに出て見たい」と、本人の談話が新聞に出ていた。
ユニバーシアードは、大学スポーツのオリンピックのようなもので、ことしは8月に神戸で開かれる。増田さんも希望通り大学生になったからには、参加資格があるわけだ。
テニスの岡本久美子さんは、この3月に兵庫の帝塚山短期大学を卒業して、京都信用金庫にはいることになった。この年代のトップクラスのテニス選手はみな、賞金のもらえるプロになるのに「アマチュアとしてプレーを続ける」のだそうだ。
というのも、岡本さんは、地元開催の神戸ユニバーシアードを狙っているからである。ユニバーシアードは大学を出て2年以内のアマチュアなら参加資格がある。
「なるほど」とぼくは感心したが、それにつけても情ないのは、わがサッカーのユニバーシアード対策だ。
昨年の暮れに、大学1年生の選手たちといっしょに夕食をする機会があった。そのとき選手たちは「あさってからユニバーシアード候補の合宿で検見川集合なんです」と話していた。
ところが翌々日の晩、ぼくが東京の新聞社で夜勤のデスクをしていたら、大阪から「サッカーのユニバーシアードの上田亮三郎監督が、協会のやり方に不満を持って辞任した」というニュースが送られてきた。
「そんなバカな。きょうから検見川で合宿のはずだ」と、合宿所に電話を入れてみたところニュースは本当で、候補選手たちは、何も知らずに集まったが「監督は病気」という説明でその場で解散になったという。
その後、いろいろ聞いてみたが、病気は、もとより口実で読売新聞に載ったニュースは正しかったようだ。
協会の強化策を不満として辞任した上田亮三郎氏は、20年も前から日本サッカー協会に協力してきた練達の指導者であり、大学選手権に優勝した大阪商大の監督として実績も充分である。ユニバーシアードは関西で開かれることでもあり、その監督としては最適任だった。
その上田氏が辞めたのだから、協会のやり方は、よほどまずかったのに違いはあるまい、とぼくは思う。
その後、すったもんだのすえ、後任にメキシコ・オリンピック銅メダルの山口芳忠氏(日立)が選ばれた。
山口氏がすぐれた人物であることを、ぼくは百も承知であり、その成功を祈ってやまないが、大学の指導者として納得できる実績があるわけではない。
協会は、ユニバーシアードを、どう考えているのか。ぼくには、まったく、わけが分からない。
クーバー方式のビデオ
日本のサッカーの未来を変える新しい指導法を紹介!
1年くらい前に、オランダのウィール・クーバーさんが日本に来て、少年サッカーの新しい指導法を公開したのを、ご記憶だろうか。
かつてオランダのフェイエノールトの名監督だったクーバーさんは、心臓の手術で第一線を退かなければならなくなったあと、テクニックを身につけ、リーダーシップのとれる選手を育てるための、新しい指導法を問発し、それがヨーロッパやアメリカで高い評価を得た。昨年、日本に来たときは、日本サッカー協会主催の「キリン・サッカークリニック」で、そのクーバー方式のトレーニングを自分でやって見せたのだった。
「キリン・サッカークリニック」は、各地の指導者に強烈な印象を与えて、日本のサッカーの将来を変えるような、大きな影響を残した。ただ、なにぶん、1カ月の間に各地をかけめぐったから、1カ所での指導はごく短期間になり、すばらしい指導ぶりの、ごく一部しか紹介できなかったのが、いかにも残念だった。
その後、クーバーさんの書いた本を、ぼくが加藤久(読売サッカークラブ)、榊原潔(上越教育大)の両君といっしょに翻訳して「攻撃サッカー、技術と戦術」というタイトルで日本語版を出した。クーバーさん自身の連続写真をたくさん使って、クーバー方式の練習法のほとんどすべてを収録してある。
しかし、サッカーのテクニックは動きが生命だから、いかに連続写真を使って説明しても、本では、なかなか分かりにくい。
クーバーさんの講習会を直接見た人にとっては、この本は非常に役立つが、そうでない人には、この本と合わせて見られるビデオが欲しいところだった。
やっとのことで、そのビデオを日本で発売することが出来るようになり、3月末には、20分もの6巻にまとめて旺文社から売り出されることになった。日本のサッカーの未来のために、またとない朗報だと、ぼくは信じている。
実は、ぼくは、このビデオの日本語版を製作するのに協力したのでその原版を繰り返し見る機会があった。
これは、クーバーさんが2カ月にわたって12人の少年を指導した記録をもとに、ヨーロッパのプロの試合のプレーを実例として織りまぜながら、ヨーロッパでテレビの15分番組として、10週間にわたって放映されたものである。
ヨハン・クライフの映像が何度も出てきて、クライフのテクニックが、いかにすばらしいかを改めて認識し直した。
そしてクーバーさんの指導を受けた少年たちが、クライフと同じテクニックを、まったく新しい考え方によるトレーニングによって、あざやかに身につけていくのに感嘆させられた。
クーバー方式の指導法の、どういうところが新しく、どういうところが、すばらしいかは、本とビデオの実物を見ていただきたいと思う。
スポーツの技術もののビデオは、日本でもたくさん作られているが、この「ウィール・クーバーの攻撃サッカー」は文句なしに、他を圧するものである。
日本語版のアナウンスを入れ終わったとき、「スポーツビデオのコンクールがあったら出したいよ」とぼくが言ったら、スタジオの人が「グランプリは間違いないですね」といったほどである。
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