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サッカーマガジン 1984年9月号

ビバ!! サッカー!! ワイド版

オリンピックをオープン化に
アマチュアリズム崩壊は時間の問題か?

ロス五輪のサッカー
ソ連などの不参加で、かえって面白いともいえるけど

 オリンピックのため、ロサンゼルスへ出かける前夜、いや正確にいうと、もう時計の針は夜中の12時をまわっているので、出発する日になってから、この原稿を書いている。
 要領が悪くて、仕事にばたばたと追いかけられているから、毎度、こういう仕儀になる。
 まあ、個人的な泣きはともかく、これから1カ月以上、ロサンゼルスで暮らすことになるのだが、そういうと例の友人どもは「おう、しっかりサッカーを見てこいよ」などと、こっちの気持も知らないで、勝手なことをいう。
 ところが、オリンピックで出張したら、毎日、毎晩、日本がメダルをとるスポーツの取材に追いかけられて、サッカーを見に行くひまはないのが実情である。なにせ、サッカーでは、日本はメダルをとるどころか出場さえしていないので、忙しいさ中に見に行くなんていえば、いっしょに働いている仲間に、ぶっとばされてしまう。日本のサッカーが弱いからこうなるので、これは個人的な泣きではない。
 ところで今回のロサンゼルス・オリンピックでは、ソ連がアメリカに言いがかりをつけて、東欧圏の仲間の国を巻き込んでボイコットした。そのため「レベルが下がって、面白くなくなった」と、日本のマスコミには書かれている。
 もちろん、そういう見方はある。
 しかしサッカーに関しては、「東欧圏が来ないんで、かえって面白くなった」という変わった見方もないわけじゃない。
 ロサンゼルスのサッカー出場が決まっていたのに、急に参加しないといい出したのは、ソ連、東ドイツ、チェコスロバキアの3チームだ。これは三つとも、ロス五輪の優勝候補だった。いや、この中から金メダルをとるチームが出るのは、決まりきったことのように思われていた。なにしろ、1952年のヘルシンキ大会でハンガリーが優勝して以来、オリンピックのサッカーは(ローマ大会のユーゴスラビアは、ちょっと毛色が違うけれども)東欧の社会主義国ばかりが、30年にわたって、金メダルを独占してきているのだから、今回も、そうなるだろうと考えて不思議はない。
 だけど、毎度毎度、同じようなサッカーが優勝争いをしているのでは面白くない。
 サッカーは世界のスポーツで、世界のいたるところに、いろいろな種類のサッカーがある。それが、お互いに争うところに、サッカーの面白さがある。欧州と南米が対決するワールドカップの魅力の一つは、そこにある。
 さて、ロス五輪をボイコットした東欧3チームに代わって、FIFAは、西ドイツ、イタリア、ノルウェーを補充した。
 「今度は逆に東欧のサッカーがいなくなって、対決の魅力が消えたじゃないか」と、いう説もあるだろうが、なに、たまには、そういうことがあっていい。補充された国が、結構、有力な顔ぶれを揃えてくるらしいので、サッカーに限っては、レベルは低下していない。
 ただ、ぼく個人の都合をいえば、ソ連などの不参加はぐあいが悪い。というのは、他のスポーツ、とくにあまり世界的に普及していないスポーツではレベルが下がって、日本の金メダルが増えてくる。
 そうなると、ますます忙しくなって、1度ぐらいは、こっそり抜け出してサッカーを見に行く(これまでの大会では、実は、そうしていた)ことも、できそうにないからである。

五輪のオープン化
規則が変ったわけではないが、事実上プロが出ている

 ソ連などが参加しなくても、ロサンゼルス・オリンピックのサッカーのレベルは下がらないだろう、いやかえって面白くなるかもしれない――といったら、友人が、
 「うむ、今度はプロが出てくるからな」         
 と、知ったかぶりをした。
 これまでのオリンピックで、社会主義国ばかりが活躍していたのは、ヨーロッパや南米の国のプロが出て来なかったからで、プロのレベルの争いになれば。西ヨーロッパや南米の国が強いことは、ワールドカップを見ればわかる。
 オリンピックは、アマチュアのための大会で、そのために西側のトップレベルのプロは出られなかったが、ソ連などは、全国リーグのトップクラスでも、みなアマチュアという建て前だから、プロ級がオリンピックに出て来たわけである。したがって、社会主義国ばかりが勝っていたのは当たり前だ。東方の大関が西方の十両をやっつけていたようなもので、そんな相撲は面白くない。
 「そうだよ。オリンピックのサッカーがオープン化されたのは、だから実にいいことだ」 
  と、友人は大きくうなづいた。
 実をいうと、オリンピックは、まだオープン化されたわけではない。
 オリンピックの参加資格については、前にも書いたことがあるから、ここに詳しくは繰り返さないが、オリンピックの規則は、かなり緩和されたとはいえ、完全なプロ(スポーツを職業としている者)を認めないことは、現在のオリンピック憲章にも、はっきり書いてある。
 また、サッカーの場合は、FIFA(国際サッカー連盟)の規則で、ワールドカップの試合(予選を合む)に出場した選手は、アジアとアフリカを除いて、オリンピックには出られないことになっている。
 しかし、現実には、オリンピックに出てくるトップクラスの選手の中には、サッカーに限らず、プロ同然の者がたくさんいる。そうであればプロの出場を明確に認めた方が、すっきりする。
 外電によれば、ソ連などの不参加で補充出場することになった西ドイツのサッカーチームは、17人全員がブンデスリーガの選手だという。
 サッカーでは、プロもアマも同じ組織に属しているので、アマチュアとして登録されている選手が、ブンデスリーガに出ている例は、ないわけではない。しかし、レギュラークラスが事実上、みなプロであることは常識である。
 西ドイツ・サッカー協会のヘルマン・ノイベルガ会長は「オリンピックはオープン化されるのか」ときかれて、こう答えたという。
 「陸上競技など他のスポーツでも(お金を受けとっていいという)ライセンスをもらった選手が、国際的に活躍している。私の考えでは、今後、4年以内にスポーツはオープン化されるだろう」
 今回のロサンゼルス・オリンピックで、西ドイツなどの選手の資格が問題にされる可能性は、まだ完全になくなったとはいえない。
 しかし、オリンピックの基礎だったアマチュアリズムが、完全に崩れ去るのは、間もなくである。

奥寺と尾崎の場合
ワールドカップ予選に、2人を呼び戻せるだろうか?

 「そんなことなら、日本もオリンピック予選に、奥寺や尾崎を使えばよかったんだ。そうしたら勝てたかもしれない」
 と、友人は、死んだ子のとしを数えるようなことをいった。
 奥寺や尾崎は、プロを宣言して、西ドイツのブンデスリーガに行った。同じブンデスリーガの西ドイツ選手が、オリンピックに出られるのなら、奥寺や尾崎が日本代表としてオリンピック予選に出たってよかったはずである。
 「とくに尾崎加寿夫の場合はそうだな」と、ぼくが説明した。
 オリンピック予選を目前にして、尾崎が突然西ドイツへ行って、三菱と日本サッカー協会の三つどもえのトラブルを起こした。あの1年あまり前の騒ぎは、まだ記憶に新しい。
 あのとき、三菱があんな、ものわかりのいい態度をとらないで「尾崎選手の保有権(登録)は、われわれ(三菱)が持っている」と頑張ったらどうだったか。また日本サッカー協会も、あんなもって回ったかっこうをつけないで「オリンピック予選のときには、日本に戻るという約束でなければ、尾崎の西ドイツ移籍を認めない」と主張したら、どうだったか。
 この二つの立ち場を取り引き材料にして、西ドイツ側に、オリンピック予選のとき、尾崎を一時帰国させることを認めさせることが、できたかもしれない。プロとアマの問題でもめそうだったら、西ドイツ行きは認めても、アマとして登録させればいいわけである。
 「でも、尾崎はプロになりたかったんだから、アマチュアで西ドイツに行くのは納得せんだろう」
 と友人は、ぼくの説明に半信半疑である。
 「なに、ロサンゼルスが終わるまでのことだから説得のしようはある。日本サッカー協会が認めなければ、簡単には西ドイツへ行かれないんだから」
 「なーるほど。ほんとに、そうすりゃよかったんだ」
 とはいえ、実は、これは机上の空論みたいなところがある。
 というのは、尾崎への評価がよほど高くないかぎり「そんな条件をつけられるなら、尾崎はいらない」と西ドイツ側は断わるからである。
 当時の尾崎は、自分を西ドイツに売り込むのに必死で、先方は「トレードマネーなし」という話にひかれて尾崎をとったというから、そんな条件をつけるどころでは、なかっただろう。
 ところで来年の3月14日には、ワールドカップの1次予選がある。日本は、朝鮮民主主義人民共和国、シンガポールと同じグループで、試合はホームアンドアウェーでやることになっている。
 「うむ。そのときに、奥寺と尾崎を呼び戻したらどうだ」と友人。
 日本サッカー協会が、向こうのチームにお金を払えば、呼び戻しに応じてくれるかもしれない。
 しかし、奥寺や尾崎本人にしてみれば、日本に戻っている間に、レギュラーの座を奪われるおそれがあるから、うかつには乗れない話だろう。


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