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サッカーマガジン 1984年6月号

ビバ!! サッカー!! ワイド版

クーバー方式は第3の革命だ
フェイントを教えてサッカーを楽しくする

これは第三の革命だ
クーバー方式は、日本になかったものを持ち込んだ!

 「キリン・サッカークリニック」は、大成功だった。ひょっとしたらこれは日本のサッカーの「第三の革命」になるんじゃないか、いや、革命であることは間違いない――といまでは、ぼくは信じている。
 「キリン・サッカークリニックってなーに?」なんて人は、まさかいないだろうね。
 オランダのフェイエノールトを1974年のUEFAカップ優勝に導いた名監督、ウィール・クーバー氏が、若い選手を育てるための、まったく新しい指導法を開発して、いまヨーロッパとアメリカでセンセーションを起こしている。
 そのクーバーさんを招いて、日本で指導してもらおう、というアイデアに、キリンビールの会社が協力してくれて、クーバーさんは3月中旬から4月上旬まで約1カ月、日本各地で公開指導をしてまわった。それがことしの「キリン・サッカークリニック」だ。
 これが日本のサッカーの「第三の革命」になるんじゃないか、という表現には、説明がいる。
 つらつら歴史をひもとくにだ。
 1920年代に、ビルマの留学生チョウ・ディン氏が日本のサッカーに最初の革命を起こした。伝え聞くところによると、チョウ・ディン氏が教えたのは、サッカーは、むやみにけって、むやみに走るゲームではなく、正確にパスして正確にシュートするゲームだ、ということだったようだ。
 1936のベルリン・オリンピックで、日本がスウェーデンから1勝をあげることができたのは、このチョウ・ディンさんの革命がもとになっているんだそうである。
 さて第二の革命は、ぼく自身も見聞きして知っている。1960年代に西ドイツからデトマール・クラーマーさんがやってきて起こしたものである。
 クラーマーさんの教えたのも、要点は「正確に」ということだけれども、そのためにはまず、一人ひとりが個人で自由自在にボールを扱えるようにならなければならない、ということが、もとになっていた。ボール・リフティング(ジャグリング)が大流行したのも、そのころからだ。
 このクラーマーさんのおかげで、1968年のメキシコ・オリンピックで日本は銅メダルをとった。これもいまでは“歴史上の出来事”ですなあ。
 さて1980年代、つまりいま。オランダからクーバーさんが来てやったことが、日本のサッカーに「第三の革命」を起こすだろう、とぼくは予言する。
 なぜか――。
 クーバーさんは、いま日本のサッカーに、もっとも欠けているものを持ってきた。その点では、60年以上前のチョウ・ディン氏、20年以上前のクラーマーさんと、おんなじである。
 じゃあ、クーバーさんが持ってきたものは何か。
 誤解を恐れずに一言でいえば、それは「少年たちにフェイントの楽しさを教える」ことである。一言でクーバー方式のすべてを理解してもらうことは、もちろん不可能だろうが…。

フェイントを教える
相手を抜く技術を少年たちにまず教えるのはなぜか?

 「子供たちにフェイントを教えるんですね。あれにはびっくりしました」
 クーバーさんの指導ぶりを見学したある人に、こう言われた。
 ドリブルで相手を抜くフェイン卜は、選手がそれぞれ工夫して、自然に覚えるもので、教えても仕方がない、という考え方がある。
 また、ドリブルのフェイントは、守っている敵の出方に応じた、とっさの変わり身だから、形を教えても意味がない、という考え方もある。
 ところがクーバーさんは、ドリブルのフェイントとして使えるボール扱いのスキル(技術)を、何十種類も用意していて、ボールを自由に、機敏に、しなやかに扱えるようにするための手段として、子供たちに、まっさきに、どんどんやらせる。
 そればかりではない。マシューズのフェイント、ペレのフェイント、クライフのフェイント、ベッケンバウアーのフェイントなど、世界のスーパースターが得意としていたプレーを、自分でつぎつぎにやってみせて、選手たちにもやらせる。
 フェイントの形を覚えさせるだけでなく、それを使いこなせるようにするためのスモールゲーム(狭い区域の中での小人数のゲーム)をいろいろ工夫して用意している。
 「クライフでも、ベッケンバウアーでも、手のうちに入れていた独自のプレーは、それぞれ3種類か4種類だ」とクーバーさんは言う。
 しかし少年たちには、クライフやベッケンバウアーのフェイントを含めて、多種多様の技術を教える。いろいろやってみて、その中から自分に向いたプレーを、自分で見つけて使っていくようにさせればいいんだという。
 「クライフやベッケンバウアーはこういうプレーを教えられたわけじゃなく、自然に身につけた。それは確かだが……」
 クーバーさんの指導法の対象は生まれながらの天才ばかりではない。むしろ特別の素質に恵まれない少年たちが大部分である。そういう普通の少年たちに、名選手と同じプレーを覚えさせ、ますます楽しくサッカーができるように導く。
 それがクーバー方式のすべてではないけれども、第一歩である。
 「すべての子供たちにチャンスを与えたいんだ」
 とクーバーさんは言う。
 天才でないようにみえる子供にも実は才能が隠されているのかもしれない。素質が乏しい子供にだって、サッカーの楽しさを知らせる方法はある。素質が乏しければ、それだけ努力は必要だが、努力すれば第一線のプロフェッショナルになるくらいのことは充分に可能だ。
 そのためにはまず、すべての子供たちに技術を身につけさせてやる必要があり、クーバー方式は、そのための指導法を用意している。
 次に、その技術を、自分自身のイニシアチブで使いこなすための判断力(インテリジェンス)が必要だ。クーバー方式は、それを伸ばすための練習も工夫している。それだけではない。技術と判断力をもってボールを扱おうとするとき、それに応じて味方を動かす力量が必要である。
 そういうリーダーシップのとれるプレーヤーを、クーバーさんは“パーソナリティー”と呼んでいる。
 いま、世界のサッカー界から、しだいに姿を消しつつある偉大なパーソナリティーを生み出すこと。それがクーバー方式の最終目標である。

キックとトラップ
足がフィーリングを覚える方が先。型からはいらない

 「クーバーさんは、キックやトラップは教えないんですか」
 東京、清水、名古屋、松山、大阪で行われたキリン・サッカークリニックでよく出た質問の一つがこれだった。当然出ていい疑問だし、核心をついた質問である。
 クーバー方式でも、キックやトラップは、もちろん教える。クーバーさんの書いた「理想のサッカー選手を育てるためのトレーニング・プラン」という本があって「攻撃サッカーの技術」というタイトル(予定)で日本語版を出そうと、いま翻訳中だが、その中にも「キッキングとトラッピング」という独立の章がある。
 質問に対するクーバーさんの答えは、こうだった。
 「ボールに対するフィーリングを足が覚えれば、自然にボールをうまくけるようになりますよ」
 これでは、ちょっと、そっけないので少し補足しよう。
 これまでのサッカーの入門書には、まずボールのけり方と止め方が書いてある。ボールのま横に立ち足を踏み込んで、足先きを伸ばして、足首を固定し……といった調子である。
 クーバーさんの指導法は、このようなキックやトラップのフォームからははいらない。
 「ペレやベッケンバウアーの本がある。こういう本には、名選手のプレーの形が解説してある。しかしそういうプレーができるようになるには、どうすればいいかは解説していない」というのが、クーバーさんの考えである。
 そこで、クーバー方式では、いろいろなボールの触り方からはいり、ドリブルとフェイントを教え、スモールゲームをやらせる。
 ボールに対するフィーリングと身体のバランスを覚えてから、やっと「キックとトラップ」の章が出てくることになっている。
 あとになってから出てくるキックとトラップの章でも、けり方や止め方のフォームは説いてない。その代わり、キックやトラップが上達するための、いろいろ変わった練習法を工夫して紹介してある。
 今回のクリニックでは、短いところは半日だけ(2時間半)、長いところでも4日間(10時間)しか時間がなかった。そのためクーバー方式の指導法の、ほんの入り口だけしか紹介できないうらみがあった。
 そこで「キリン・サッカークリニック」のためのテキストを作り、その中にクーバーさんの著書の内容の主な項目を目次風に入れて紹介し、クーバー方式の全体像がうかがえるように配慮した。
 このテキストは、日本サッカー協会から各都道府県のサッカー協会にも配布され、幸いにして引っぱりだこになっているとのことである。
 とはいえ、テキストだけでは、なかなか本当のところは分からない。クーバーさんと、その協力者のファン・バルコムさん(読売クラブの元監督)に、また来てもらって、じっくりやってみせてもらう機会を作れるといいんだが……と思っている。


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