アーカイブス・ヘッダー

 

   
サッカーマガジン 1983年9月号

ビバ!! サッカー!! ワイド版

三菱サッカーに厳重注意
尾崎の西ドイツ行きを知らないはずはない

尾崎の年俸は1000万円?
プロがないため日本のサッカーはソンをしている 

 「おい、公約違反じゃないか」
 と友人がいう。
 ビバ!サッカー!が2ページ見開きのワイド版になったとき、3項目のうち1項目は、日本のサッカーのプロ化問題にあてるといっていたのに、先月号は、尾崎問題に偏って、プロ問題がなかったじゃないか、というのである。
 うーむ、申し訳ない――
 と一応、あやまっておいて、
 「だけど尾崎問題はプロ問題だからね。日本のサッカーのプロ化と関係があるんだよ」
 と言い訳がましいが、反撃した。
 尾崎問題をめぐるさまざまな報道の中で、ぼくの注目をひいたものが一つあった。それは、アルミニア・ビーレフェルトの役員の次のような発言である。
 「ビーレフェルトは、尾崎のために移籍料を払う必要がなかった。これは非常に有利な点だった」
 つまり三菱が、タダで尾崎選手の登録を放棄してくれたので「大もうけだった」というわけである。
 話はちょっと横道にそれるけれども、三菱側は、尾崎選手の登録取り消しを公表したとき「尾崎を三菱サッカー部から除名処分にする」と表現した。尾崎にペナルティーを科したようなゼスチャーである。
 しかし、尾崎君がフリーになり、トクをしたのはビーレフェルトで、ソンをしたのは三菱である。尾崎君自身は、希望通りになったので、これもトクである。尾崎君へのペナルティーにはなっていない。
 このような、世論を惑わせるような当事者の言動が、いろいろあったのは、尾崎問題のすっきりしない面だった。
 さて、話をもとに戻そう。
 西ドイツには、今季新しい外人選手が4人はいった。この中で大物はバイエルン・ミュンヘンに移籍したデンマーク代表のセレン・レルビーである。
 バイエルンは、レルビーの所属していたオランダのアヤックスに、200万マルク(約2億円)の移籍料を払い、レルビー自身の給料は年に40万マルク(約4000万円)だそうだ。
 これに対して、尾崎の移籍料はタダで年間の給料は10万マルク(約1000万円)だという。
 以上は西ドイツのDPA通信社が伝えた数字である。
 この数字を信用するとして、尾崎選手は、レルビーの4分の1の値打ちはある。
 とすれば、三菱は5000万円くらいの移籍料を、とれたところである。
 しかし、日本の常識では、三菱は尾崎選手の登録を、ビーレフェルトに“売る”なんてことは、考えることもできなかった。
 なぜなら、尾崎君は三菱系の会社の社員で、社員として三菱系のサッカー部の選手になり、アマチュアとして登録しているからである。
 かりに、尾崎君が三菱の会社を退社すれば、三菱はサッカー部の退部も認めて、協会への選手登録を取り消すだろう。そうなれば尾崎君はフリーになる。日本の企業スポーツの建て前では、尾崎選手の“保有権”に固執するわけにはいかない。
 実は、尾崎君自身もソンをしている面がある。
 外国だったら、尾崎君は、三菱にはいるとき契約金をもらっているはずである。そして三菱は、尾崎君を手離すとき、移籍料でその分を取り戻せるわけである。移籍料の一部は、選手がもらえるという習慣もある。
 そうこう考えると、日本のサッカーは、ずいぶんソンをしている。日本でも、プロ登録を認める時期が来ていることは、ここでも明らかである。

尾崎問題の雑音
厳重注意を与える相手は三菱のサッカー部ではないか

 尾崎加寿夫君が円満に西ドイツへ行くことができて本当に良かった。日本サッカー協会の出した結論は、まことに穏当だった。
 実をいえば、初めから、尾崎君の強い希望を認めてやるほかに、良い解決はなかったのである。なぜならこれは、尾崎君の職業選択の自由の問題であり、尾崎君には、自分の人生を選択する基本的な権利があるからである。
 ただ、間に少し雑音がはいったものだから、日本サッカー協会は、雑音を取り除くために、いくらか時間をかけた。でも、巧みに手順を踏んで雑音を取り除いた手ぎわは、なかなか、あざやかだった。
 雑音の一つは、尾崎が、ジャパン・カップの最中に、日本代表を辞退して西ドイツに出かけたのは「けしからん」という「尾崎ひとりを悪者に」の論である。
 三菱サッカー部は「尾崎は、けがでジャパン・カップを辞退する」と協会に届け出た。ところが尾崎君は、ジャパン・カップの最中に、西ドイツのアルミニア・ビーレフェルトのグラウンドでボールをけっていた。なるほど、これは、けしからん。
 協会の長沼専務理事は「けがをしたのは事実と認めた」という。
 だけどだ。
 西ドイツへ行ってボールをけることができる程度だったら、日本代表の合宿に参加させて、ジャパン・カップの試合を、スタンドからでも見させるのがホントである。
 ただし、けががどの程度かは、協会の方にはわからない。だから「合宿に行かれない」と三菱からいってくれば「相当にひどいけがだな」と思うほかはない。けがの程度を判断できるのは、三菱のサッカー部だからである。
 したがって、この件については、ぼくは「三菱がけしからん」と思っている。日本サッカー協会は、三菱重工サッカー部を「厳重戒告」すべきである。
 だが、この件は、大企業をバックに持つサッカー部に対してでなく、尾崎個人に“厳重注意”することで落着した。
 尾崎君がジャパン・カップ出場を辞退したこと自体は“悪事”ではないと、ぼくは思う。「プロ入りの交渉があって西ドイツに行く。だからジャパン・カップには出られない」と堂々と通告して行くのであれば、いいと思う。しかし、公然とそうはできない事情があっただろうことは、前号に書いた通りである。
 三菱の言い分では、尾崎君が西ドイツに行ったことを、三菱の関係者は知らなかったそうである。これはにわかには、信じられない。
 ことが新聞に公表される前に、三菱の選手たちはほとんど、尾崎君が西ドイツへ行くことを知っていたそうだ。
 それを幹部だけが知らなかったなんてことがあるのだろうか。本当に知らなかったのだとすれば、三菱サッカー部の幹部は、ずいぶんお粗末だということになるが、そんなことは、ちょっと考えられない。
 尾崎君が「けがだ」と三菱にウソを言って西ドイツに行ったのであれば、尾崎君は三菱に対して、けしからん。
 しかし尾崎君のけがの程度をちゃんと判断できなかった三菱は、協会に対してけしからん。
 また、三菱サッカー部が、事情を知りながら、とぼけて「けがで辞退する」と通知したのであれば、やはり三菱サッカー部はけしからん。
 いずれにしても、協会の関知する限りでは、厳重注意すべき相手は、尾崎個人ではなく、三菱重工サッカー部ではないか。

海外移籍規定は不要
尾崎問題をめぐって生まれた見当違いな議論が心配だ

 尾崎問題をめぐって「日本サッカー協会に、外国への移籍についての規定がないのは問題だ」という議論が出た。
 日本サッカー協会自身も、第二、第三の尾崎問題が起きるのを防ぐために「選手移籍規定の改正を早急に検討する」といっている。
 だけど、これはちょっと、見当違いの議論である。
 尾崎問題の実質は、世界的にはありふれた、選手の国際的な“引き抜き”である。
 選手の引き抜きが、むやみに行われてはたまらないから、秩序を保つために規則が必要である。だが、実は、その規則はちゃんとある。
 国際サッカー連盟(FIFA)規則第8章「選手の所属の国協会の変更」(第12条−第16条)がそれである。
 尾崎君のケースは、日本のチームと西ドイツのチームとの間の国際的な移籍だから、日本サッカー協会の規定を適用するわけにはいかない。これは、このFIFA規則で処理しなければならない。
 さて、FIFAの規則は、どのような趣旨でできているかを、尾崎君を例にとって説明しよう。
 日本の国内では、三菱重工サッカー部(以下三菱という)が、尾崎加寿夫選手を、日本サッカー協会に登録している。これを「尾崎選手の保有権を三菱が持つ」と表現してもいい。三菱に無断で、他のチームが尾崎選手をプレーさせることは、できない、という意味である。
 FIFAの規則は、この尾崎君に対する三菱の保有権を、他の国にも認めさせるためのものである。つまり。西ドイツのアルミニア・ビーレフェルトが、三菱の尾崎を無断で引き抜くことを認めないわけである。
 そういう事態、すなわち国際的な二重登録を防ぐために、尾崎君が西ドイツで選手登録をするためには、日本サッカー協会の発行する「移籍承認証明」(トランスファー・サーティフィキット)が必要である。この証明は「尾崎選手が西ドイツで登録しても二重登録にはなりません」と保証するためのものである。
 したがって、三菱が尾崎選手を登録している間は、日本サッカー協会は証明を発行できない。逆に三菱が登録を取り消せば、証明を発行しない理由はない。
 尾崎君の場合は、三菱が登録を取り消してくれたので、協会は証明を発行し、尾崎君は西ドイツに行くことができた。
 このように、規則はちゃんとあって、ちゃんと機能している。
 ところで、三菱が登録を取り消さなかったら、どう、なっただろうか。
 その場合は、所定の手続きをしておけば、1年たてば尾崎君は自由になる。つまり、どこででも選手登録ができる。ただし、その1年間は、日本でも、西ドイツでもプレーすることを許されない。
 1年間というのは、アマチュアだからで、プロの場合は当然、契約期間にしばられる。
 アマチュアスポーツ選手の“保有権”については、この程度の規則で充分で、これ以上の拘束を加えるのは、人権侵害のおそれがある。
 以上のようなわけで、尾崎問題の処理は、日本サッカー協会の規則が整備されていないこととは、まったく関係がない。
 新たに国際的な移籍についての“日本的規則”を作る必要はないし、作ってはならない。
 もっとも、日本国内での移籍についての現在の規則は、まことに不充分なものである。これはぜひ整備してもらいたいが、これも他の国の例を充分に参考にして、慎重に取り組んでもらいたい。これは、尾崎問題とは関係はない。


前の記事へ戻る
アーカイブス目次へ

コピーライツ