日韓サッカー私見
終了寸前に同点にされたのはオフェンスの責任である
3月6日、東京国立競技場の日韓サッカー定期戦について「ぼくにも、ひとこと言わせてもらいたい」
という気持である。
試合が始まったとたんに、実に、みごとに先制ゴールがはいって、大いに気分が良かったのに、わが日本代表チームの試合ぶりはしりすぼみ。防戦に追われたあげく、終了14秒前(ほくの腕時計では)に、同点にされるなんて、いったい、どうなっているのかね。
そこで、なぜ同点にされたか、ということなんだけれど「リードを守ろうと消極的になった」とか「地元のファンの前で、勝たなければという気持がプレッシャーになった」とか、もっとはなはだしいのは「気力に欠ける」とか、いろんなことをいう友人どもがいる。あるいは「やっぱり体力がないなあ」というのもいる。
精神論、体力論が出たから「やっぱり日本のサッカーはヘボだなあ」と技術論も出るかと思ったが(ぼくの仲間うちでは)今回は、技術論は出なかった。「テクニックでは、日本は韓国より上」というのが常識になっているのかね。そうだとすれば世の中、変わったもんである。
ぼくの意見は、戦術論だ。簡単にいえば「要するに頭が悪いのよ」である。
第一に1点のリードで、守りに回ろうと思ったのなら、まったくどうかしている。サッカーではどんな拍子に1点はいるか分からない。1点リードしているとき、1点入れられれば同点だ。勝つためには、2点リードをめざさなきゃならない。
第二に、中盤のプレーヤーもフォワードも、あんなに下がってきて、ゴール前の人数が多けりゃ守れるって感じで試合してるのも、どうかしている。クリアしても、クリアしても相手に拾われてちゃ、いつかは入れられるよ。クリアしたボールを前の方で味方がとったら、すぐ中盤プレーヤーがサポートに出ていかなきゃ防戦一方になる。サポートに出ていってゴール前が薄くてもこっちが攻めてりゃこわくないんだが、そこがわかってない。だから同点にされたのは、ディフェンスの責任でなく、オフェンスの責任である。
第三に、後半終わり近くになって。原に代えて松浦を入れたのは、どういうつもりだろうか。試合の前から、そういう交代をするプランを持っていて、試合の状況にかかわらずそのプランを実行したようにぼくには見えた。テストとしてなら、それもいいけど、こちら(ファン)としては、やっぱり「勝つための手」を打ってもらいたかった。
最優秀選手への異見
ぼくが推すのは田口。記者投票のやり方にも疑問あり
1982年度の日本サッカー最優秀選手に、三菱の尾崎加寿夫君が選ばれた。22歳は史上最年少だそうである。尾崎君ご本人に対しては「おめでとう」を申し上げたい。そして「最優秀選手」にふさわしいプレーを、今後、見せてくれるように希望したい。
しかし、1982年度のサッカー最優秀選手については、ぼくは別に意見を持っている。
なにも、尾崎君が優秀でない、というわけじゃない。また、全国のサッカー担当記者が、それぞれ独自の判断で投票した結果に、いちゃもんをつけるつもりはない。ぼくは、別の人物に投票した、というだけのことである。
この投票はジャーナリスティックなものだから、何も「品行方正、技術優秀」でなけりゃならん、というものではない。しかし毎年1人ずつ選んで歴史に残るものだから、やはり、それにふさわしい力量と業績を残した選手が望ましい。
とはいえ、最近の日本のサッカーで、理想を求めていたら毎年「該当者なし」になるおそれがある。それでは、サッカーの普及振興に役立たないから、これは程度問題である。
さて1982年度には、日本リーグでは三菱が優勝し、天皇杯ではヤマハが優勝した。日本代表チームでは、ニューデリーのアジア大会で韓国を破ってベスト4に進出しだのがめざましかった。個人として特別に傑出した記録はなかったから、チームとしての業績に貢献した選手の中から「最優秀選手」を探すのは一つの方法である。
尾崎君は、昨年とくに進境の目立った若手で、三菱でも、日本代表チームでも活躍した。これは事実である。
しかし、三菱の中で日本リーグ優勝にもっとも貢献し、日本代表チームの中でアジア大会での成績にもっとも貢献した人物だったか、というと、別の考えがあってもおかしくないだろう。選手の1人として、尾崎君も大いに貢献したには違いないが、ほかに力量があり、貢献度の大きい選手もいたのではないか。
そういう意味で、ぼくはゴールキーパーの田口光久君を推した。三菱の守りを安定させている功績は大きいし、アジア大会での見事なセービングは、テレビで見て感心した人も多いだろう。
とはいえ、田口君を推すのは、ぼく個人の考えで、全国のサッカー担当記者の他の皆さんが、そう考えなかったとしても文句をいうわけにはいかない。
ただ、ちょっと驚いたのは、今回は投票用紙のはがきに「尾崎加寿夫(三菱)と柱谷幸一(国士大)などが候補です」と付記してあったことだ。これでは投票を誘導しているようなものである。
親切心で誰かが書き加えたらしいが、思慮の足りないことである。
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