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サッカーマガジン 1983年3月号
ビバ!! サッカー!!

高校サッカーとW杯
高校選手権の中に、エデルやケンペスのプレーがある

 正月の高校サッカー選手権大会は実に楽しかった。毎年、楽しい大会だが、今回はことさらだった。技術に戦術に、毎年進歩がみられ、運営に改善の努力がみられるのは、この大会だけである。若い選手たちは、もちろん、指導の先生たちも、素直に、また積極的に、外のもの、新しいものを、取り入れようとするからではないだろうか。
 スペインのワールドカップの影響が、もう見られた――といったら「そんなバカな」と笑われるだろうか? でも、ぼくは、高校選手権の中に、確かにワールドカップのプレーを見たような気がする。
 これは、得点場面だけを集めた日本テレビの深夜番組(高校サッカーハイライト)で見たのだが、1回戦の守山−室蘭大谷の試合で、室蘭大谷の1年生のストライカー徳田俊篤君のゴールは、スペイン大会のブラジル−ソ連戦を思い出させた。
 記録を見ると前半の26分の同点ゴールである。ボールをとると、片足でちょんと浮かせて相手をかわし、ボールが地面に落ちる前に、みごとにボレーで叩き込んだ。
 これで思い出したのは、ブラジルのエデルが、ソ連戦後半終了の2分前にあげた決勝ゴールである。
 右からパウロ・イジドロが通したパスをファルカンが、またの間を通してスルー、後方から出てきたエデルが左足でトラップして浮かし、そのままボールの落ちぎわを、左足で叩き込んだ。
 「別にマネしたわけじゃない。かっこうが似てただけさ」と言う人もいるだろう。
 だけど、ぼくは、ワールドカップのブラジルのスター選手と同じようなプレーを、高校サッカーの1年生が、全国大会の初舞台でやってのけたのは「すごい」と思う。ビデオを見たかぎりでは、味方に巧みにおぜん立てしてもらったエデルよりも、室蘭大谷の徳田君の場合の方が、混戦の中で、むつかしい状況だったように思えた。
 1回戦の帝京−作陽で、苦戦していた帝京が後半なかば近くになって、やっとあげた金子智昭君(2年生)の先制点は、アルゼンチン大会のケンペスのようだった。
 右からのセンタリングを左足で受けながら1人をかわし、その上をとび越えて、さらに左足でもう1人かわし、3人目が右手からスライディングしてくる寸前にシュートした。
 決勝戦で青島秀幸君が決めた清水東の2点目も……とあげていったらきりがない。
 要するに、個人のテクニックが、大きな舞台の激しい戦いの中で存分に発揮され、それがゴールに結びついた。そういうサッカーが育ってきていることが、とても楽しい。

「カン」と「独断」
ラプラタ河流域では、少年たちは自分のプレーをする

 「ラプラタ河のほとりでは、男の子は、サッカーをするために生まれてくるといわれている。そのサッカーがすぐれているのは、彼らがカンと独断でプレーするからである」
 ペニャロールのウーゴ・バニューロ監督は、トヨタ・カップでアストン・ビラを破ったあとの記者会見で、こんな話をした。(12月12日・東京国立競技場)
 カンと独断!
 面白い表現だ。「ひらめきと創造力だ」なんて気どっていうよりも、そのものずばり、である。
 ウルグアイとアルゼンチンの間を悠々と流れる大河ラプラタ。その流域に果てしなく広がる大草原。
 そこに生まれた少年たちは、型にはまったコーチにわずらわされることなく、のびのびとボールをけって育ち、生まれながらの才能を、すくすくと伸ばし、プロ選手になってからも、子供のころに草サッカーのリーダーとしてプレーしたのと同じように、その場、その場のひらめきで自分のプレーをする。
 そこから生まれた奔放なサッカーが、ラプラタ河に沿うウルグアイとアルゼンチンのサッカーであり、そこには欧州のサッカーにない“良さ”がある。
 「カンと独断」というのは、記者会見の通訳をしてくれたお嬢さんの名訳だった。スペイン語では「ドン」と「デシシオン・プロピア」というらしい。
 手持ちの小さなスペイン語の辞書でdonをひいてみたら「生まれながらの才能」と書いてあった。Decision propiaは、直訳すれば「独自の決定」というところだろうか。
 実は、バニューロ監督の、この言葉は、本誌でおなじみの賀川浩氏の質問に対する答だった。
 賀川さんは、こんな質問をした。
 「きょうの試合(トヨタ・カップ)でペニャロールの選手は、1対1のせり合いのとき、ボールへの反応がアストン・ビラの選手よりも、すばやかった。これはペニャロールのフィジカル(体力)トレーニングがいいためだろうか?」
 この質問に対する答としては「カンと独断」の話は、かなり見当違いだが、ぼくの見たところでは、バニューロ監督は、わざと体をかわしたようだ。
 というのは、まともに答えて、自分たちの体力トレーニングの良さを強調すると、それがアストン・ビラに対する勝因だと誤解されかねない。
 そうではなくて、本質的にペニャロールのサッカーがすぐれているのは、ここなんだぞ、とバニューロ監督は、主張したわけである。
 念のために付け加えると、ペニャロールの体力トレーニングを指導している人(フィジコ)は、ホルヘ・キステンマッヒャーという有名な人である。


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