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サッカーマガジン 1982年10月号
ビバ!! サッカー!!

ビバ! 単独チーム
まるでケンペス、さながらフィジョールの大分明野西

 すばらしいチームを見た! スペインのワールドカップで? いや、夏休みに、東京郊外の“よみうりランド”で開かれた全日本少年サッカー大会でだ。そのチームの名は「明野西(あけのにし)ジュニアフットボールクラブ」。九州は大分の小学校チームである。
 ぼくが見たのは、グループ・リーグの清水FC(静岡)との試合だった。清水FCは、サッカーどころの優秀選手を集めて“英才教育”で鍛えている。いわゆる“選抜FC”である。九州の単一小学校のチームじゃ、とても勝ちみはないだろう、と思って見ていたのだが、どうして、どうして、形勢としては押され気味だが厚く守って攻め返す、その攻めが、すばらしい。
 中盤で8番が持つ(プロを見たら大畠呂智君と書いてある)。7番(永井秀樹君)が前線へ走る。10番(金森弘幸君)が走る。ボールが来る。ゴール前の密集。10番−7番−10番。壁パス、シュート。4年前のアルゼンチンを思い出した。「ケンペス−ルーケ−ケンペス……」あれと、そっくりじゃないか。11番(吉本博陽君)が出てくるときもある。ベルトーニである。
 ベンチのところに行ってみたら、誰かの帽子に「マラドーナ」と書いてあった。でも、プレーぶりは、マラドーナのいた今回のアルゼンチンよりも、優勝した4年前のアルゼンチンに似ていた。
 清水FCは、もちろん強い。これは足わざでサイドから食い込むオープン攻撃である。本当に、手に汗握る熱戦だった。
 明野西のゴールキーパー、前田拓君の活躍が、また、すごかった。絶対絶命のピンチを少なくとも3度は防いだ。
 そのうちの1度は、味方の守りが完全に抜かれて、清水FCのフォワードと完全に1対1になった場面だった。明野西のゴールキーパーは、思い切って飛び出し、相手がシュートしようとした瞬間に止まり、からだを横に投げ出しセービングした。シュートは、逆の方向にきたが、横に投げ出した足に当たって、はね返された。さながらフィジョールだ。
 後半、清水FCが1点を先取した。が、明野西はくじけず反撃して同点に追いつき、1−1で引き分けた。自分たちの持っているもの、すべてを出し尽くして戦った少年たちは、試合終了の瞬間、みんながいっせいに、わん、わん泣きじゃくった。うれしいんだか、悔しいんだか、自分でもわからずに泣いたんだろう。監督の先生は、ゴールキーパーを抱きしめて「よくやった、よくやったぞ」と言うばかりだ。
 こんな、いいチームが、全国のあちこちから出てくるのだから、むやみに“選抜”を作って、その芽をつまないようにしてほしいと思う。

NHKに敢闘賞を
ワールドカップのテレビ中継には、進歩が見られた

 スペインのワールドカップをNHKテレビの中継で見たという人がずいぶんいる。
 「向こうへ行って見てきたの? うらやましいねえ。テレビで見たけどすごい試合ばかりだったなあ」
 「決勝戦の深夜中継を見て、とうとう夜明かししちゃった。すばらしい試合だったね」。
 ふだんはサッカーにとくに興味を持っているとも思えなかった人が、こんなふうに声をかけてくれた。
 サッカーに詳しい友人に、中継のできばえをきいてみる。画面の方はスペインのテレビ局がうつしたものを、各国に提供するのだから、NHKには、あまり関係はないが、アナウンサーと解説者のできばえと、中継する試合の選び方は、NHKの責任である。
 「アナウンサーは、4年前のアルゼンチン大会よりは良くなったね。選手の名前をこまめに知らせてくれたのはいい」
 「それは進歩だ」とぼく。プレーをやるのは選手なんだから、選手の名前を知らせるのは第一歩である。それにテレビの画面では、アップでない限り背番号は見にくいのだから現場にいるアナウンサーが、それを補うように心がけたのだとすれば、非常に結構である。
 解説者の方はどうか。 
 ぼくは、大会期間中はスペインにいたので、NHKの中継を“聞く”ことはできなかったが、帰国してから、2、3試合のビデオを見た。その中に、「これはいい」と思ったコメントが一つあった。
 延長引き分けでPK戦になった、あの準決勝、西ドイツ−フランスの激闘の延長後半、西ドイツのフィッシャーが、オーバーヘッドキックで同点ゴールを決めた場面である。
 解説の松本育夫氏が、こう叫んだ
 「これはね。フィッシャーのもっとも得意なプレー。これはケルンでも、よく練習してますよ」
 これ、これですよ。解説者から聞きたい話は――。
 これは、西ドイツにコーチ留学している松本育夫氏が、自分の目で見て知っていた話である。だから説得力がある。
 ワールドカップの準決勝の、しかも延長の土壇場の同点ゴールが、曲芸のようなオーバーヘッドキックで決まるなんて「ラッキーだなあ、偶然だなあ」と、ぼくたちは思う。
 偶然にしても、すばらしい。ドラマである。だが、これは偶然ではなかった。いつの日にか役立てようと毎日練習していたプレーが、あの貴重な一瞬に役立ったものだった。そのことを、ぼくたちは、松本育夫氏の解説によって知ることができた。
 NHKのワールドカップ中継に、敢闘賞を贈りたい。


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