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サッカーマガジン 1980年7月10日号

ビバ!! サッカー!!

シャイーブ!ソ連
五輪目前のモスクワで、ソ連対フランスの試合を見た

 5月下旬に9日間、モスクワへ行ってきた。
 オリンピック準備のようすを見るのが仕事だったけれど、ついでにソ連のサッカーを見ようと、もくろんだのは、もちろんだ。
 ところが――。モスクワに着いた晩にこういわれた。
 「ことしは、オリンピック準備のために、モスクワでの国内リーグの試合は先週で中断されました。9月までは、地方に行かないと、サッカーは見られません」
 「うーむ、残念」
 てなもんである。
 ところがの、ところがだ。
 翌日、レーニン中央スタジアムの改装工事を見に行ったら、この地区のスポーツ施設の副理事長だというドミトロフさんが、こういうではないか。
 「次の金曜日に、この競技場でソ連のオリンピック・チームとフランスとのサッカー試合があります」
 なぬ、なぬっ! ちゃんとあるではないか。それを見せろ!
 というわけで、ぼくたちの世話をしていたモスクワ・オリンピック組織委員会の役員は、入場券を手に入れるために、かけずりまわり、いっしょに旅行した他の新聞社の記者はぼくに付き合って、サッカーの試合を見せられる羽目になった。
 5月23日午後7時。レーニン中央スタジアムのバックスタンドの最上部には、大きな聖火台のすえつけ工事中で、まだ、やぐらが組んである。しかし、芝生は緑一色、すばらしい。
 ぼくは、はなはだ、ごきげんである。
 フランスには、あのトレゾールがいる。プラティニもいる。ラコンブもいる。彼らのワールドカップのときのプレーは、いまも、まぶたに焼きついている。
 ソ連のほうはオリンピック・チームだから若手が多い。昨年のソ連チャンピオン“モスクワ・スパルターク”のベスコフ監督が指揮をとり、スパルタークの選手が6人はいっている。
 試合は、テクニックのいいフランスが優勢。しかしツートップのソ連もよく守る。
 0−0のまま、ずるずると終わりそうになったとき、大衆席の観衆が総立ちになって叫んだ。
 「シャイーブ! シャイーブ!」
 シャイーブというロシア語は、アイスホッケーのパックのことで、ソ連では「ゴール!ゴール!」と叫ぶときに、こういうらしい。
 残り7分。チェレンコフのヘディングでソ連が決勝ゴール。
 大衆熱狂、満場歓呼。
 外国に出ると「ビバ! サッカー」の材料に、こと欠かないのだが……。

協会外交、また黒星
強引なマラドーナ招待に失敗したのは日本側の責任だ

 モスクワから帰ってみたら、案の定「ビバ!」でないニュースが待っていた。
 ディエゴ・マラドーナがジャパン・カップに来なかった、というあれである。
 マラドーナが来なかっただけではない。アルヘンチノス・ジュニアーズの来日メンバーは“3軍クラス”だった。
 ぼくの見るところ、このトラブルの元凶は、日本サッカー協会である。協会の長沼健専務理事は、アルゼンチン側を手きびしく非難していたが、これは主犯が従犯に責任をなすりつけるようなものだと思う。
 いろいろ、裏の事情やいきさつがあるにせよ(ぼくも多少は、事情を知っているが)このトラブルの本質的な原因は、アルゼンチン国内リーグのシーズン中に、この国のクラブチームを強引に招待しようとしたことにあるのではないか。
 立場を変えて考えてみれば、わかりやすい。
 かりに、日本リーグのシーズン中に、アルゼンチンが読売クラブを招待し、読売クラブが「よし、行きましょう」といって、日本リーグの試合を2軍ですませて、1軍は海外に出かけるとしよう。
 日本サッカー協会と日本サッカーリーグは、これを黙認できるだろうか。
 アルゼンチンの国内リーグ(首都圏リーグ)は、代表チームのヨーロッパ遠征のために一時中断されていたが、5月25日に再開された。ジャパン・カップは5月25日から6月3日までだったから、アルヘンチノス・ジュニアーズがベストメンバーを日本に送ろうとすれば、国内選手権の試合を放り出さなければならない。
 日本サッカー協会は、それを承知でなお、アルヘンチノス・ジュニアーズを招待した。これは「お前の国の協会と選手権試合の権威は無視して、こっちへ来いよ」と、そそのかしたようなものである。
 こういうトラブルを防ぐために、国際サッカー連盟(FIFA)には次のような規則がある。 
 「異なる国の協会に属するクラブ間の試合は、関係国協会の明示された同意なしに行ってはならない」(FIFA規則第九条) 
 たとえばの話だが、読売クラブとアルヘンチノス・ジュニアーズが、自分の国の選手権試合を無視して国際試合を計画するようなことがあってはならない。そういうことを防ぐための規則である。
 今回のケースは、一国の協会自身が、同じFIFAの仲間である他国協会の権威をないがしろにしたのだから、もっと悪質である。
 長沼専務理事によれば、今回の招待にさいして、もちろんアルゼンチン協会に話をした。先方の会長さんは、ウインクしてみせて“黙認″の意を表したという。
 ウインクを「明示された同意」だとみるのはとうてい無理である。


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