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サッカーマガジン 1980年4月10日号

ビバ!! サッカー!!

ハイデン君! 万歳
5冠王には、インテリジェンスがあるノダ!

 「あのー、エリック・ハイデンさんのー、ファンクラブができたって書いてあったんですけどォー、住所を教えてください」  
 「ええっ、ファンクラブ? そんなのあるんですか?」 
 「だってえ、新聞に載ってたんですけど――」
 レークプラシッドの冬期オリンピック閉会式の日、新聞社の運動部に、こんな電話が、何本もかかってきた。
 ン! もちろん、かわいい(に決まってるけど、電話だから見えない)女の子からだ。
 なるほど、新聞をよく見たら、レークプラシッドに「ハイデンのファンクラブが結成された」という小さなゴシップ記事が載っている。よく見つけるもんだョ。
 ともあれ、スピードスケートの男子500メートルから1万メートルまで、全種目五つの金メダルを、みんなとっちゃったのは、すごかった。
 しかも、これが、ちょっと、はにかみ屋の好青年なノダ。
 開会式のとき、選手宣誓をしたんだけど、左手では型のごとくアメリカの国旗を握り、右手にメモを持って、ぼそぼそと読んだのは、面白かった。
 「われわれワーッ、スポーツの栄光とーッ、母校の栄誉のためにーッ、正々堂々とーッ、戦うことを誓います」
 スポーツの栄光とは何かを考えたこともなく、勝てば、なぜ母校の名誉になるのかを疑ったこともないような顔をした選手が、暗記した文章をわめき散らす選手宣誓を見慣れているものだから、ハイデン君の、照れながらのメモ読みはフレッシュだった。
 エリック・ハイデンは、左手にちゃんと星条旗を握って宣誓した。閉会式の翌日、カーター大統領に招かれたら、恋人の編んでくれた毛糸の帽子をかぶって、ちゃんと会いにいった。権威には、なんでも盾つくというタイプじゃない。
 しかし、権威には、なんでも従うというタイプでもない。
 オリンピックで滑ったのは「ジャスト・フォア・マイ・ファン」つまり、自分自身の楽しみのためだった。星条旗のためじゃなかった。そのことを、はっきりと記者会見でしゃべった。
 カーター大統領の招きには、喜んで応じたけれど、大統領の提唱する“モスクワ・オリンピック・ボイコット”には、断然反対だとこれも、はっきりといった。
 さすがだねえ、金メダルを五つもとるような若者は、やっぱりインテリジェンスがあるよ、とぼくは大いに気に入った。
 もう一つ これも決定的に気に入ったのは、(ハイデンは少年時代に、アイスホッケーとサッカーが大好きだった、という話である。
 人口7万のウィスコンシン州マジソンという上品な町で、町のサッカーリーグを創設したのは、整形外科医であるお父さんのジャック・ハイデン氏だそうだ。

オクデラ君! 万歳
日本のプロ第1号は王貞治選手よりも有名だ

 レークプラシッドの冬季オリンピック取材から帰ってきたカメラマンがいう。
 「オー・サダハルの名前をアメリカ人は案外知らないねえ、いろんなヤツをつかまえて聞いてみたけど、みんな、聞いたことねえなっていいやがんの」
 「そりゃそうだろう……」といいかけて、あわてて声をのみこんだ。
 確かに王選手のホームラン記録は、世界のいろいろな記録を集めたギネスブックにも載っている。
 アメリカ大リーグの通算ホームラン記録は、ハンク・アーロンの755本であることが、まず載っていた、その次に「王貞治は、1977年9月3日に756本目のホームランを打った」と書き加えてある。
 だけどだ。
 アメリカ人で、ベーブルースやハンク・アーロンの名前を知らない人は、ほとんどいない、といっていいだろうけれど、オー・サダハルの名前を知っている人は、まず例外中の例外である。
 その原因は二つある。
 一つは野球が「国際的なスポーツ」ではないことだ。
 大部分のアメリカ人の認識では野球はアメリカのスポーツであって、アメリカの大リーグこそ、野球の最高峰である。アメリカのチーム同士で「ワールドシリーズ」を争うのに、なんの不思議もないという感覚である。
 したがって、アメリカ以外のプロ野球に関心はないし、よその国の記録は、単なる“もの珍しさ”以上のものではない。
 もう一つは、アーロン選手の記録と王選手の記録は、同じ土俵の上でつくられたものではないから、まともに比較できないことだ。球場の広さも違うし、相手の投手も違う、したがって、アメリカ人が王選手を、アーロン以上のスーパースターとして認めなくても、やむを得ないところである。
 「ワンちゃん、本当に偉大な選手なんだけどな……」
 と、ぼくはプロ野球ファンであるカメラマンを慰めた。
 「アメリカのいなか者は、自分の国のことしか知らないんだからしょうがないよ」
 そういって、心の中で考えた。
 「ひょっとすると、日本の生んだプロスポーツ選手の中で、もっとも国際的に通用しているのはヤス・オクデラじゃないだろうか」
 西ドイツのブンデスリーガが世界各国のプロ・サッカーリーグの中で、トップクラスであることに、誰も異存はないだろう。
 その中でも、1FCケルンが一流中の一流であることは、明らかである。その中でレギュラーの座を確保し、今後さらに3年契約を結ぶことになった奥寺康彦君の名前はもう少し、日本国内で知られていいんじゃないだろうか。


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