劇的な最終結着
「アベランジェ会長の予定は、くるくる変わるからなあ」
日本サッカー協会で、国際問題を担当している村田忠男理事が、とぼけた。
「スポーツ界における中国問題も、いよいよホームストレートにさしかかったようですな」
長沼健専務理事が、ちらりと本当のことをもらした。
場所は、東京プリンスホテルの4階に設けられていたワールドユース大会の事務室。大会の熱戦たけなわのころに、FIFA(国際サッカー連盟)のアベランジェ会長が、ひそかに東京から北京を訪問した。その留守中の話で、これは、ただの雑談だった。
しかし、そのときすでに、サッカーの中国問題は、劇的な展開をとげていたのだった。
ワールドユースの開幕が8月25日。その2日後の27日に、台湾のサッカー協会の代表が東京で、これもひそかに、アベランジェ会長と会談した。
そして、さらにその2日後の29日に、アベランジェ会長は、FIFAのケーザー事務局長をともなって北京に飛び、中国のサッカー協会幹部、中華全国体育総会の幹部と3時間にわたって会談した。
この結果、中国とFIFAの間で合意が成立したことを、ぼくたちは、9月1日に、北京発の中国新華社通信のニュースで知ることができた。ただし、合意の内容は明らかでなかった。
アベランジェ会長は、9月2日の午後に東京へ戻り、すぐに午後5時から東京プリンスホテルで記者会見をして、合意の内容を発表した。
村田理事や長沼専務理事は、知っていたのだろうか。大筋の方向は察していたにしても、こんなに急速に結着がつくとは思っていなかったのでは、ないだろうか。
発表はドラマチックなものだった。
「中国は、21年ぶりにFIFAに復帰した」
未来形ではない。これは最終決定である。
FIFAが中国と、北京で合意した内容は、次のとおりである。
@中国側の呼称は「中国サッカー協会」(チャイナ・フットボール・アソシエーション)とする。
A台湾側の呼称は「中国・台湾サッカー協会」(チャイナ・タイワン・フットボール・アソシエーション)または「中国・台北サッカー協会」(チャイナ・タイペイ・フットボール・アソシエーション)のどちらかとする。
Bその他の条件は、IOC(国際オリンピック委員会)が決定するものと同じにする。
この三つだ。
最後の項目は、競技会のときの国旗と国歌をどうするか、という問題である。
IOCは6月29日に、プエルトリコのサンファンで開かれた理事会で、今回のFIFAと中国の合意内容とほぼ同じ解決案をつくっている。
この解決案の3番目は「台湾はこれまでの国旗、国歌とは別の旗と歌を使う」というものだ。
ただし、このIOCの解決案は10月23日〜25日に名古屋で開かれるIOC理事会でもう一度検討したうえで、IOC委員全員の郵便投票にかけられる予定になっている。
つまり、オリンピックでは、中国問題は、いまのところ未解決である。
ところが、サッカーの場合は最終的に一件落着だという。
なぜだろうか。
台湾は巻き返しへ
「これを来年のFIFA総会にかける必要はないのか」
とぼくが質問した。
「総会にかける必要はない」
これがアベランジェ会長の答えである。
その理由は、次のように説明された。
@台湾に名称変更を要求することは、すでに1977年4月にモナコで開かれたFIFA理事会で決定済みである。
A中国を台湾とともに加盟させることは、1976年7月にモントリオールで開かれたFIFA総会で決定している。
B今回の合意は、以上二つのFIFAの決定を中国が受けいれたものであり、台湾を除外するものではないから、改めて総会の投票にかける必要はない。
台湾側に対して、すでに、このことは通告し、二つの呼称のうちどちらかを選ぶように電報を打って回答を求めたという。
聞くところによると、台湾側はアベランジェ会長と東京で会談したさい、中国側の名称を「中国・北京サッカー協会」(チャイナ・ペキン・フットボール・アソシエーション)とするように要求したそうである。しかし、この要求は容れられなかったわけだ。
「(今回の合意を)台湾が受け入れないなら、それは彼らの問題である」
アベランジェ会長は、台湾が名称変更を受け入れなければ、FIFAを脱退するほかはない、というニュアンスで発言した。
ところで、中国のFIFA復帰によって、現在進行中のモスクワ・オリンピック予選は、どうなるだろうか。
日本が含まれているアジア地域第2組の予選は、10月に行われる予定で、日本はこの期間は、日本リーグの日程もあけていた。しかし、情勢の変化で来年2月ごろまで延期され、場所はマレーシアが有力だという。
この組には台湾がはいっている。もし、台湾がFIFAから脱退すれば、その代わりに中国を入れることは可能だろうか。
ぼくは、そうはならないだろうと思う。
台湾は回答を引きのばそうとするだろう。
またオリンピック参加には、IOCへの復帰も必要である。台湾側は、名古屋のIOC理事会を舞台に巻き返しをはかるだろう。
中国のFIFA加盟は実現したけれども、本当の解決までには、もう少し時間がかかるだろうと、ぼくは読んでいる。
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