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サッカーマガジン 1979年10月10日号

時評 サッカージャーナル

メノッティ大いに怒る

食事と練習場の不満
 「メノッティっていうのは、態度悪いですねえ。シャツの間から胸毛をベロッと見せてね。日本の悪口をいってた」
 ワールドユース大会の直前、来日したアルゼンチンのメノッティ監督の記者会見から帰って来た仲間の記者が、こう報告した。
 「まあ、まあ」とぼくがなだめる。メノッティ監督は、昨年のワールドカップで優勝したアルゼンチンのナショナル・チームを指導した、あのセサル・ルイス・メノッティ監督である。『サッカー・マガジン』に、彼の手記「メノッティ1353日の闘い」が連載されたのを、ぼくも手伝ったから、親愛なる“フラコ”メノッティの評判が悪いとなると、いささか気になる。
 胸毛を人前で隠さないとか、機関銃のようにぽんぽんしゃべるとか、そういうたぐいのことは、風俗習慣の違いだから、しようがない。「郷に入れば郷に従え」という言葉はあるけれども、スポーツの大会は、一種の「国際村」だから、それくらいの“お国ぶり”を発揮したって、おかしくない。
 問題は、記者会見の発言の中身である。
 「メノッティはどんなことをいってたんだ」 
 「それが、またよくわからないんです。通訳がひどくてね」
 よくわからないのに「日本の悪口をいってた」(らしい)というのもないもんだが、日本に着いたばかりのアルゼンチン・チームが日本の大会運営ぶりに、最初の印象で、まず不満を持ったのは、確かなようだ。
 「アルゼンチンは、わがままらしいですよ。朝食にスクランブルエッグは困るとか、本部が午後3時から練習できるようにグラウンドを用意したら、暑いから午後6時からやりたいとか。大会本部の決めたスケジュールを、勝手に無視するって話です」
 「ふーん、なるほどね」
 だいたいのようすは、わかってきた。アルゼンチンの人たちのものの考え方、サッカー・チームの運営、今回のチームの役員構成などを考えると、国際的な交渉に不慣れな日本の大会役員と、うまく歯車が合わないのは、容易に想像できる。
 「でも、それはメノッティの言い分が、もっともだなあ」
 「どうして?」
 「これはね、ワールドと名のつく選手権大会なんだ。参加するのは若い選手だけど、高校総合体育大会や国民体育大会とは違うんだから、食事はみんな同じものを食え、練習場は不自由でも、がまんしろ、というのは、無理だと思うな」
 「日本側は、限られた予算の中で、できるだけのことはしているといってるけど……」
 「こういう大会は、選手たちがベストコンディションで、最高の試合をできるようにしてやるのが主催者側の仕事なんだ。外国から来たチームにとって、食事と練習場が、いちばん問題なのは当然だろ」
 ヨーロッパや南米の安ペンションに泊まっても、朝食には卵はいるか、ゆでるか、焼くか、くらいのことは聞きにくる。大事な大会の前に、食べ慣れない、フランス風の、かきまぜ卵の、べっとべとの当てがい扶持では、たまらない。
 練習場についていえば、アルゼンチンの第1戦は、午後7時から天然芝のグラウンドで行われることになっていたから、ナイター設備のある天然芝の練習場を希望するのは、当たり前である。これは練習場を準備しておかなかった大会当局のほうが悪い。アルゼンチンのチームは、結局、在住アルゼンチン人の力を借りて、自分で横浜のYCAC(外人クラブ)のグラウンドを調達した。

言葉の壁は高い
 メノッティを怒らせた原因には言葉の問題もある。日本には スペイン語のできる人は少ないから交渉はすべて通訳を通じなくてはならない。通訳が間違えて訳すと大きな誤解のもとになる。アルゼンチンのチームが、日本の大会当局がつけた通訳を、まったく信用していなかったことは、確かである。
 これは、通訳をしてくれた人の責任ではなく、大会当局、つまり日本サッカー協会の責任である。
 今度の大会では、胸に「インタープレタ」(通訳)と書いたカードをぶらさげて、大学生が各チームに配属されていた。それぞれ学校では、外国語を専攻している学生なんだろうと思うけれども、3年や4年、外国語を勉強したくらいで、専門用語を含む、むずかしい問題の通訳ができたら、天才的である。本人たちは チームの世話係、連絡係として働くつもりだったのだろうが、記者会見の通訳までさせられたのでは、面食らったろう。
 予算の都合(だろうと思う)で専門の通訳を使わなかったためにぼくたちも、ずいぶん閉口した。
 たとえば、ユーゴのチームの記者会見は、監督のしゃべるのを、英語のできる団長さんが英語に訳し、それを日本のお嬢さんが日本語に訳した。ところが大会当局の配置した、このお嬢さんは、実はスペイン語専攻のようで、英語はそれほど得意でない。
 「ユーゴスラビアには、6つの共和国と2つの地域があり、それぞれユース選抜を編成して、毎年トーナメントを開いている」
 団長さんが、英語でこう話したのを、お嬢さんは
 「6つのクラブと二つの地域のクラブがあって……」
 と訳しはじめた。    
 これは、お嬢さんの落ち度ではなく、適切な人材を配置しなかった当局の責任である。
 専門の通訳なら、ユーゴのサッカー・チームに配属されることが決まれば、1カ月くらいかけて、ユーゴの国情とサッカーの専門用語や規則について勉強をする。ユーゴが6つの共和国から成る連邦であることを知らないなんてことは起こらない。ただし、そういう専門通訳の報酬は、1日5万円以上するそうだ。
 そういうわけで、ユース大会の運営は、たいへんなようである。


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