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サッカーマガジン 1979年9月10日号

時評 サッカージャーナル

国立競技場への注文

夏休みにナイターを
 「巨人の試合の切符をなんとか手に入れてもらえないか」
 夏休みが近づくと、ぼくのところに、こういう無理をいってくる人がいる。プロ野球の巨人と同系の新聞社に勤めているスポーツ記者だから、なんとかなるだろうと思うわけである。
 これは無理な相談で、夏休みの巨人戦の切符は、長島監督だってそう簡単には手にはいらない。やっぱり、発売日の前夜から行列して、買ってもらうほかはない。
 そこで、残念ながら、お断わりするほかはないのだが、もう一つ残念なのは、サッカーの切符については、こんな頼みを、めったに受けないことである。そして、もう一つ残念なのは、夏休みに、東京の国立競技場が使えないことである。
 夏休みに、プロ野球の切符を頼まれることが多いのは、子供たちを巨人戦に連れて行ってやりたいとか、地方から上京してきた機会に、あの後楽園のナイターを見てみたい、と思う人が多いためだろう。
 ところが、サッカーの場合は、日本では夏休みに、レベルの高い試合が行われることは、めったにない。とくにあのオリンピックで使われた国立競技場を、あの正月の高校サッカーでテレビに映った国立競技場で、夏休みにサッカーのナイターを見ることは、まずできない。ことしはたまたま、夏休み中に“ワールドサッカー79”と称する国際試合が企画されたけれども、東京での試合は1日だけで、会場は後楽園球場である。
 なぜ、そういうことになるかといえば、国立競技場では、この期間を、フィールドの芝生の養成期間にあてていて、使用中止にするからである。
 この間、日本リーグは中休みになるし、日本代表チームは、ムルデカ大会に出かけたり、ヨーロッパヘ武者修業に出かけたりして、日本を留守にする。したがって、国際試合を国立競技場でするのはむずかしいわけである。
 これは、日本のサッカーにとって大きな損失ではないだろうか。
 小学生の子供を連れて、家族ぐるみで安心してナイターを楽しめるのは、夏休みである。翌朝、学校へ行かなくてもいいから、多少の夜ふかしは平気である。
 夏休みには、地方から子供たちが東京の親類の家へ遊びにくることも多い。その機会に、テレビや新聞雑誌だけで知っている有名な場所を見物したいと思うだろう。
 そういうときに、国立競技場のナイターで、サッカーのいい試合があれば、ふだんは、あまりサッカーを見に来ない人たちを、引き寄せる機会になるだろう。スポーツの普及発展のための、こういう絶好の機会を、芝生の養成のために失っているのはもったいない。
 国立競技場の芝生の張りかえは6月に行われ、使用中止は、ほぼ8月の末までである。
 もちろん、これは理由のあることで、日本には梅雨があるから、その前に新しい芝を張り、たっぷり雨を吸わせたうえで、夏の太陽を十分に浴びさせて、芝をしっかりと根付かせようとするのだと思う。
 国立競技場は、日本のスポーツの迎賓館のようなものだから、敷きつめた芝生は、外国のトップクラスを迎えて、恥ずかしくない立派なものであってほしい。そのために、十分に養成期間をとって芝生を育成するのは当然である。
 それはわかっているのだが、多くのお客さんに、いい試合を見せなければならない時期に、大きな収容能力とナイター設備を備えているスタジアムが閉鎖されているのは、やっぱり納得がいかない。

ジャパン・カップを7月に
 外国のチームを迎えるにも、夏はいい時期である。ヨーロッパでは、多くの国でサッカーのシーズンが5月の末か6月の上旬に終わる。7月には、プロのチームがたくさん海外遠征に出る。そして8月下旬から9月のはじめにかけて新しい国内シーズンが始まる。だから、ヨーロッパのいいチームを招くためにも夏休みは都合がいい。
 しかし、国立競技場が使えなくては仕方がない。いいチームを招けば、ギャラが高くなるから、観客をたくさん集めなければ成り立たない。日本には、3万人以上の収容能力を持つスタジアムは、野球場は別として、東京・千駄ヶ谷の国立競技場の他には、ないからである。
 それに、地元の日本側に、対戦相手になるチームがいなくては、どうすることもできない。日本代表チームは、この時期を、海外遠征で強化をはかる期間にあてている。残りのメンバーによる選抜や単独チームでは、ちょっと外国のプロを相手では試合にならない。残念ながら、これが実情である。
 そういうわけで、日本サッカー協会は、この時期に日本へ来たいという外国チームからの打診を、いくつも断っているはずである。ことしも、西ドイツのハンブルガーSVが韓国まで来ていて、日本でも試合をしたいと希望していた。しかし競技場もなく、対戦相手もないのでは断るほかはない。
 「夏休みの子供たちのために、いいサッカーを、ナイターで」 ――これを実現するためには、国立競技場と日本サッカー協会が考え方を根本的に変えなければならない。
 つまり、こうである。
 国立競技場のほうは、芝生を養成するために、夏をつぶすのではなく、夏に競技場を使えるように芝生を養成してもらいたい。
 そういうことが可能かどうかは芝生の専門家に研究してもらわなければわからないが、聞くところによると、不可能ではないという話である。
 日本サッカー協会の方は、代表チーム強化のために夏休みを使うのではなく、夏休みの子供たちのために代表チームを強くしてもらいたい。日本リーグは夏休みを中心に1シーズン制とし、国際試合を間にはさんではどうだろうか。あるいは、ジャパン・カップの開催を、7月にしてはどうだろうか。
 国立競技場もサッカー協会も、まず「大衆のために」どうすればいいかを考えてほしいと思う。


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