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サッカーマガジン 1978年12月10日号

時評 サッカージャーナル

プロ野球に学ぶ

広岡監督のやり方
 このところ、とんとサッカーにごぶさたしている。プロ野球のペナントレース終盤から、日本シリーズ、さらにシンシナチ・レッズを迎えての日米野球、と追いまわされているからだ。
 サッカーのほうも、日本リーグ終盤の面白いところだったので、そっちのほうを見に行きたかったのだが、宮仕えの身だから自分の好き勝手はできない。新聞のスポーツのページの8割はプロ野球だから、スポーツ記者としての仕事の8割がプロ野球になるのは、やむをえない。
 しかし、サッカーひと筋にこり固まっていることばかりが能じゃない。プロ野球にはプロ野球の面白さがあり、良さもある。サッカーが少し取り入れてみたら、と思われるようなところもあるので、気がついたことを紹介したい。
 広岡達朗監督の率いるヤクルトスワローズが、セントラル・リーグのペナントを握り、さらに日本シリーズでも阪急ブレーブスを破って日本一になった。なにしろ球団創設29年目の初優勝だからことしの末には国内スポーツ十大ニュースのトップを争うにちがいないサプライジングだった。
 ぼくが感心したのは、広岡監督が2年前に就任して以来、はっきりイメージをもってチーム作りをし、妥協しないで、それを追求して成功したことだ。
 これは野球の雑誌じゃないからこまかく紹介するのは避けたいけれど、たとえば水谷という若い遊撃手を、ずっと起用しつづけたのはその一つの例である。水谷は守りのセンスはすばらしいが、打つほうはさっぱりの選手だった。一方、ヤクルトには、打つほうではかなりいけそうな内野手がほかに2人もいた。
 水谷はことし前半の打率は1割9分という低いものだったが、広岡監督はしつこくレギュラーで使いつづけた。「一人一人の野球の能力では巨人の選手たちに、スワローズはまだまだ及ばない。それに対抗するには、守りを固め、つまらないミスをしないチームを作らなければならない」という考えで、守りのかなめである遊撃手には、打力を犠牲にしてでも、センスのいい選手を起用したのだった。使いつづけているうちに、不思議なもので、水谷は打つほうでもセンスのあるところを示しはじめ、ペナントレース終盤のいいところで、殊勲打を放ったりした。
 こういう広岡監督のチーム作りを見て、ぼくはどうしても、サッカーの日本代表チーム作りと比べてみたくなる。プロ野球の単独チームとサッカーの日本代表とでは事情がまったく違うことは十分に承知しているが、それでも、ひとりでにサッカーのやり方を連想してしまう。
 日本代表チームでは、この数年間に、いろいろな選手が取りかえ引きかえテストされた。若い選手もいたし、「いまごろ代表に選んだのは、どういうわけだろう」と首をかしげたくなるようなトウのたった選手もいた。
 多くの選手をテストするのが悪いというのではない。広岡スワローズでも、打力のある他の内野手に、ことあるごとにチャンスを与えた。打つほうでは、目ざましいところをみせてヒーローになったケースもあった。しかし、「守りからはいる」という広岡監督のチーム作りのイメージに合わないために、結局はレギュラーの座を奪いとることができなかった。
 日本代表チームの場合はどうだろうか。いろいろな選手をテストするやり方に、一貫したチーム作りのイメージがうかがわれただろうか。

大リーガーの独立心
 誤解をおそれずに、ごく簡略にいえば、広岡監督は「パワー」よりも「センス」を重視した。いま流行のサッカー用語でいえば「イマジネーション」の野球を求め、「インテリジェンス」のある選手を起用することで一貫していた。
 この2年半の間に出たりはいったりした日本代表チームのメンバーの一覧表を作り、今回のアジア大会代表と並べてみたら面白いと思う。そこに二宮監督のチーム作りのイメージが感じとれるかどうか、は、読者の皆さんに、お任せしたい。
 もう一つ、つけ加えれば、広岡監督は自分のチーム作りを追求するに当たって妥協しなかった。フロント・スタッフ、つまり背広を着た球団首脳部がユニホームの現場に介入することを拒否した。
 日本シリーズに優勝したあと、広岡監督退団のニュースが流れたのは、広岡監督が球団首脳部との対立をおそれずに、チーム強化のための構想をぶつけたのが、もとになっている。もちろん背広組には背広組の守備範囲があり、ユニホーム組にはユニホーム組の仕事があるから、おたがい、むやみにナワ張りを荒すわけではないだろう。しかし、たとえばトレード問題のように、両方にまたがる分野があり、そこでは対立や議論は避けられない。
 サッカーの代表チームにひき比べていえば、ユニホーム組のトップは監督で、背広組の窓口は協会の技術委員会ということになるだろう。その間には、はっきりした一線があり、その間の対立やトラブルを乗り越えて強いチームを作っていく過程は、本誌に連載中の「メノッティの戦い」に、なまなましく描かれている。日本のサッカーの場合はどうかについての、ぼくの見方は、この前の号に書いたとおりである。
 さて、日本シリーズが終わると引きつづき、シンシナチ・レッズを招いて日米野球シリーズが行われた。いま、そのレッズとともに各地転戦について旅行しているところだが、ここで印象的なことは、アメリカの野球選手たちの「独立心」がきわめて強いことである。ピート・ローズやジョニー・ベンチのようなスター選手だけでなく、ファームから引きあげられてきているマイナーの若い選手たちも「野球」が自分自身のビジネスであり、球団に抱えられてのんびりしていては食っていけないことを自覚している。だからこそ高いレベルの野球ができるので、これがプロの良さだろうと思う。


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