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サッカーマガジン 1978年11月10日号

時評 サッカージャーナル

落合選手の200試合出場

“日本のファケッティ”
 三菱の落合弘選手が、日本リーグ連続200試合出場を果たし、さらに、その記録を伸ばし続けている。昭和41年に東芝から三菱に移ってデビューして以来、1度も休まず、それも先発、フル出場だというから、実に、たいしたものである。
 13年間フル出場の中身は「丈夫で長持ち」というだけではなかった。その間に、日本のサッカーはずいぶん変わった。その変化と進歩に順応しながら落合君は、自分を伸ばし続けてきた。それが、たいしたものだと思う。
 昭和41年といえば、東京オリンピックの翌年、日本リーグが発足して2年目である。そのころは、トップレベルのチームだけが、やっと4−2−4システムを、消化しはじめたころだった。落合君も、三菱に移って4−2−4を初体験したのではないだろうか。その当時、山田弘という名前だった落合君のポジションは、センターフォワードだった。
 その年にイングランドで行われた1966年ワールドカップを、日本代表チームが見て帰ってきてから、スイーパーという言葉が日本で使われるようになった。そして間もなく、現在のような4−3−3システムが、日本リーグのチームだけでなく、全国に広がってしまった。
 この13年間に変わったのは、システム(布陣)だけではない。サッカーの中身も、ずいぶん変わった。たとえば、オーバーラップと呼ばれて、現在のサッカーではひんぱんに使われているバックのプレーヤーの前線への攻め上がりも、当たり前のように使われはじめたのは、ここ数年来のことである。
 さて、前置きが長くなったけれど、落合君のポジションは、この間に、フォワードから中盤へ、さらにバックラインへと、どんどん後ろに下がっていった。これは、サッカーが変わっていくにつれて、後方のプレーヤーにオールラウンドな能力が要求されるようになってきたからだと思う。バックのプレーヤーは、激しく守って、はね返すだけでなく、前線のプレーヤー以上に柔軟で、判断がよく、攻撃にも参加できることが望まれるようになった。落合君は、このようなサッカーの変化についていける柔軟で鋭い頭脳と技術を持っていた。日常の節制と努力もたいへんだっただろうが、単に丈夫で長持ちだっただけではないというのは、このことである。
 オーバーラップして前線に攻め上がるプレーでは現在の日本で落合君以上の選手はいない。このプレーは、イタリアのファケッティが、はじめたものだという伝説があるが、いうなれば、落合君は「日本のファケッティ」である。
 一気に前線に攻め上がり、一仕事して、また守りのために駆け戻る。そのための体力がたいへんだろう、という人がいる。けれども、それよりも、はるかに重要なのは、出てゆくときを的確に判断する頭脳と、出ていった以上は、確実にボールをもらって仕事のできる技量である。
 たしか、昨年のシーズン中だったと思うが、落合君がわざわざ記者席にやってきて、ぼくに苦情を述べたことがある。
 「この間の新聞に、ぼくが攻めあがったために逆襲されて点をとられたように書いてあったけど、あのとき、ぼくは守りに戻っていましたよ」
 ぼくの書いた記事はおよそ次のようなものだった。
 「三菱の失点は、バックの落合が攻めあがったあとの逆襲でとられたものだった」

最優秀選手の有力候補
 ただ、これだけの短い文章である。攻めあがりによる攻撃が失敗したあと、落合君はたしかに守りに駆け戻り、逆襲した相手のフォワードの前で足を出している。ただ、攻めあがりの失敗が、逆襲を受ける原因になっていたから、そう書いたのだが、新聞の狭いスペースでは詳しく書きつくせないから舌足らずにはなっていた。
 「守りに戻っていたことは認めるよ」
 と、ぼくがいったら、
 「そうですか。ちょっと胸につかえていたので、いいたいことをいったら、すっとした」
 と笑っていた。ぼくは落合君が自分のプレーについて、新聞の短い文章についても苦情をいいたくなるほど、責任を持っていることに感心した。
 もう一つ。
 これはことしの日本リーグの開幕試合、三菱−古河の試合のときである。
 ワールドカップでオランダが使ったような極端なオフサイド・トラップを古河が何度も使い、そのうちの1度が失敗して三菱が点をあげた。前へ上がってくる古河の守備ラインの間を通す縦パスを落合が出し、中盤から走り込んだ関口が受けて抜けたのがチャンスになった。この1点で勝負が決まったので、いまになって思えば、今季の三菱の好調と古河の低迷の原因となった場面である。
 この1点は、記者席から見た限りでは、オフサイドのように思えた。試合のあとで落合君に「あれは本当はオフサイドだったな」といったら、こう答えた。
 「だけど、古河のオフサイド・トラップ」を破るには、あの縦パスがいちばんなんですよ」
 この答えをきいて、ぼくは、またまた感心した。というのは、そのころ、オランダ代表チームの監督だったリヌス・ミケルスの『トータル・フットボール』の翻訳をしていて、その中に「われわれの守りを破る効果的な方法は、中盤からのボールなしの走り込みに、縦パスを合わせることだ」という意味の文章があるのを訳したばかりだったからである。ミケルス監督と同じことを落合君は考えていたわけである。そのときに、ぼくは、こう憎まれ口をたたいた。
 「とにかく、三菱で働いているのは君だけだよ。これで三菱が優勝したら、君が最優秀選手に選ばれるのは間違いないよ」
 この憎まれ口が、どうやら本当になりそうなので、ぼくは驚いている。


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