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サッカーマガジン 1978年5月25日号

時評 サッカージャーナル

大学選抜の海外遠征

大学選抜の海外遠征
 「ひと仕事やってきたという感じだなあ」
 3月の下旬に東南アジアに遠征した日本学生選抜サッカーチームの帰国を東京の羽田空港に迎えに行ったら、大石三四郎団長が、VIPルームのソファに腰を深くおろして、こう帰国の感想を述べた。いい仕事をしてきたという自負と満足が、この言葉にあふれていた。
 大石三四郎氏は61歳。筑波大学の副学長である。いまの筑波大の前身である東京教育大の、そのまた前身である文理大で、昭和9年〜12年にサッカー選手として活躍し、昭和41年から東京教育大サッカー部の部長になっている。したがって、いま全国各地の大学や高校でサッカーを指導しサッカー界の中心になりつつある若手の指導者は、たいてい大石先生の弟子である。
 ただ、要職多忙のためだろう、大学の外に出て、サッカー界の仕事をする機会はあまりなかった。ぼくの知る限りでは、3月の学生選抜チームの団長を務めたのが初めてだ。こういう人を引っぱり出して、サッカーのために「ひと仕事」していただいたのは、いいことである。
 この学生選抜サッカーの東南アジア派遣へ政府の関係団体である国際交流基金(今日出海理事長)の事業として行われた。そのため行くさきざきで現地の日本大使館が事前の準備を整えておいてくれたから、受け入れ態勢は非常に整っていたようだ。
 ただ、こういう遠征では、外交儀礼のためのパーティーが各地で開かれ、選手たちにとって身心ともにかなりの負担になる。今回は寒い日本から熱帯に出かけて、25日間に6力国で10試合の強行日程だから、かなりまいったに違いない。そういう中で、大石団長は全部の行事に全選手を出席させたという。これは当たり前のようで、なかなかできないことである。スポーツのコーチは、目の前の試合のことで頭がいっぱいで、こういう儀礼が将来のために、どんなに大切であるかを考えないものだからである。
 ジャカルタでのパーティーのときに、インドネシア・サッカー協会のアリ・サディキン会長が大石団長に「日本はヨーロッパのほうとはよく交流するようですが、アジア諸国には、あまり目を向けないようですな」といったそうだ。
 「そんなことはない。日本のサッカーは、マラハリム・カップにも毎回チームを送ってるし…」といいたいところだが、実のところ先方から招かれることは多くても日本が招いたり、援助したりすることは、これまでサッカーに関してはあまりなかった。
 今回の訪問は、国際交流基金が約2千万円の経費を全部負担し、各国での入場料収入は、それぞれ社会福祉のために地方で使ってもらった。試合は合計18万人の観衆を集め、特にビルマのラングーンでは2試合とも5万人収容のスタジアムが満員で、地元の人が「これは1億円以上の収入でしょう」といっていたそうだ。各国の大衆に楽しんでもらって、地元の役にも立ってきたのだから、多少なりとも恩返し、あるいは罪滅ぼしになったわけだ。
 ラングーンの試合にはビルマ政府の閣僚が全員見にきたという。また、インドネシアのアリ・サディキン会長は、前ジャカルタ知事の海軍中将で、大衆にもっとも人気のある政治家である。
 このように東南アジアの国では国の要人がサッカーの役職について試合やパーティーに顔を出す。ふつうは会うことがむずかしい人にサッカーを通じて会うことができて、日本に対する理解を得てもらうチャンスになり、非常に効果があるそうだ。

大衆にさわやかな風を
 国際交流基金では、これまでにいろいろな文化使節を各国に派遣している。舞踊団を送ったこともあるし、体操やバレーボールのコーチを指導者として送り込んだこともある。日本に対する理解を深めてもらおうという目的である。
 しかし、スポーツ・チームを試合のために派遣したのは、国際交流基金としては、このサッカーが初めての試みだった。あらかじめ在外公館を通じてアンケート調査をしたら「サッカーチームを送って欲しい」という要望が多かったからだそうだ。初めての試みが大成功を収めたのは、本当に喜ばしい。
 文化使節や体操のコーチを送るのも悪くはないけれど、開発途上の国で、そういう使節の恩恵を受けるのは一部の上層階級の人びとだろうと思う。広く国民大衆に働きかけるのなら、サッカーにまさるものはない。
 多くの国で、大衆は日本に対し必ずしも良い感情を抱いていないと伝えられている。年配の人は戦争のころのいやな思い出を持っているし、若い人たちはエコノミックアニマルのわがもの顔の進出ぶりを不愉快に思っている。そういう大衆感情の中に、日本の学生選抜チームは、さわやかな涼風を吹き込んだのではないだろうか。
 出発前の壮行会で「友好のための訪問だから、あまり大勝して来ないでもらいたい」とあいさつした人がいた。もちろん冗談だが、東南アジアのサッカーは、日本の学生選抜が簡単に勝てるほど甘くはない。サッカーは東南アジアのたいていの国の国技のようなもので、大衆はどの国でも「サッカーでは、わが国がアジアでナンバーワン」と思っている。
 そういう中に行き、大観衆に囲まれて精いっぱい、フェアにプレーする中から本当の理解と友好が生まれるのだと、ぼくは思う。はじめから日本の大勝がわかっているようなスポーツなら国際交流基金で派遣する意味はない。
 今回の遠征は事前のアレンジが良かったようだけれど、地元はやはり勝ちたいから互角より、ちょっと上のチームを出して来ただろう。そういう相手に4勝2引き分け4敗の五分の星を残し、理解と親善を深める大役も立派に果たしてきたのは、たしかに「ひと仕事」だった。これこそスポーツ外交であると拍手を送りたい。


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