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サッカーマガジン 1978年3月25日号
時評 サッカージャーナル

巨人のキャンプとサッカー

恐怖の八ツ墓体操
 宮崎の巨人キャンプでサッカーのコーチがトレーニングの指導をした。プロ野球の臨時コーチを引き受けたのは、日立の高橋英辰総監督と日立サッカースクールの吉田幸夫コーチである。そこで新聞のキャンプ便りに「ブラジル体操」や八種目体操という言葉が登場するようになった。
 サッカーにくわしくない人たちには、こういう言葉はきき慣れないとみえて、「ブラジル体操ってどんなの?」「八種目体操を教えてよ」と、近ごろ、よくいわれる。
 若いサッカーマンなら「ブラジル体操」とは、どんなものかを知らない人はないだろう。10年くらい前に、ネルソン吉村がヤンマーにはいったころから、日本のチームでもやりはじめ、いまでは高校チームもウォーミングアップに使っている。二列縦隊になって、リズミカルに歩きながら、手や足を振りあげて体操をする。身体をひねったり、両腕をあげたときに手のひらを合わせてパチッと音をさせたりしている、あれである。体操の種類や順序に、特に決まりがあるわけではない。歩きながら、サンバのリズムで、というところがミソである。
 「八種目体操」は、西ドイツのクラーマー・コーチが、日本代表チームを指導していたときに教えた瞬発力(パワー)を維持するための体操の組み合わせである。日本代表チームの合宿のとき、せっかく身体を鍛えても、合宿を解散して会社へ帰ると、なかなか思うようにトレーニングができないから鍛えた筋肉がすぐ元へ戻ってしまう。そこで「八種目体操」を、日常、少しの時間を利用してやるように、クラーマーさんが教えたのだときいている。ジャンプする体操と腕立て伏せのような地面に伏せてやる体操が交互に組み合わされていて、各種目10〜30回ずつ休みを入れないで続けてする。
 この「八種目体操」を市販の指導書の中で紹介したのは、八重樫茂生氏(いま富士通の監督)の『サッカー』(講談社)が最初ではないかと思う。メキシコ・オリンピックに、日本代表チーム主将として出かける前に出した本である。したがって、これも日本で一般に紹介されてから10年以上たっているわけである。
 ところが巨人選手たちにとっては「ブラジル体操」も「八種目体操」も初体験であったらしい。ブラジル体操ははじめ若い選手だちが面白がってやっていたが、そのうちに見かけよりずっと強い体操だということがわかって「ウーン、意外にきくぞ」ということになったようだ。
 「八種目体操」は、野球の選手がふだん、あまり鍛えていない筋肉を使うため、かなりこたえたようにスポーツ新聞で報道していた。
 すぐれた体力の持ち主のプロ選手たちだから、これを消化するのは、それほどむずかしいとは思われないが、ちゃめっ気のある堀内投手が「これは八種目体操じゃなくて、恐怖の八ツ墓体操だよ」と改名したそうだ。
 高橋、吉田の両臨時コーチが当たり前のつもりで持ち込んで、巨人の選手たちが初体験にとまどったトレーニング方法は、ほかにもあった。
 100メートルを行きは16秒で走って、帰りは40杪で戻ってくるランニングがある。これをやらせようとしたら岩本2軍監督が「先生、うちの選手はみな、もっと速く走れますよ。みな13杪以下ですよ」
といったと、これもスポーツ紙に出ていた。しかし、このランニングは、往復を続けてやるので、間にひと息入れるのではない。最初の100メートルを全力疾走したら、戻れなくなってしまう。実際にやらせてみて、岩本監督も「なるほど、続けてやるのか」と納得したという。

スポーツの間の垣根
 このような話を読んだり聞いたりして思うのだけれど、スポーツとスポーツの間には、思ったよりも、ずいぶん高い垣根があるようだ。この10数年の間に、いろいろなトレーニング理論の進歩があり、本もたくさん出ているが、そのわりには、サッカーはサッカーの、野球は野球の、それぞれ伝統的なトレーニングのやり方を守り続けてきていて、ほかのスポーツのトレーニングを取り入れようとする努力は少ないように思う。日本のサッカーのトレーニングは、この十数年の間に、かなり変わったように見えるけれども、これは遅ればせながら外国のサッカーやり方を学んだもので、いろいろなスポーツのトレーニングを取り入れて、独自のものを開発した例は少ない。
 それを思うと今年の春のキャンプにサッカーのコーチを招いたのは、巨人の英断だったと思う。巨人にはV9の実績があり、長嶋監督になってからも、昨年V2を達成している。これだけの成果をあげてきているトレーニングを、あえて変えていこうと考えたのは、たいしたものだ。未知なものへの挑戦をおそれない姿勢は、さすが巨人である。
 もちろん、スポーツは競技によって、それぞれ性質が違う。したがって、他のスポーツのやり方を無差別に取り入れられるわけではない。
 巨人の投手陣は、ブルペンで投げ込みをしたあと必ずランニングをさせられる。激しい運動をしたあとに、さらにランニングを重ねるのはなぜだろうと思ったら、杉下ピッチング・コーチは「投げ込みをすると肩に血が集まるので、そのあと走って血のめぐりを良くして散らすのだ」と説明した。「なるほど、そういうものか」と高橋英辰臨時コーチは、ちょっと、びっくりしたそうだ。全身運動の多いサッカーでは、思いつかない考え方ではないだろうか。
 サッカーのトレーニングを巨人がどう生かしていくかは、これからの問題である。逆に高橋、吉田の両コーチも、巨人のキャンプで学んだことがあったにちがいない。
 2人が帰京したら、ゆっくり、その話を聞こうと楽しみにしている。


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