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サッカーマガジン 1978年3月10日号
時評 サッカージャーナル

世界ユースの日本開催

走り出したトロッコ
 だれが敷いたのかよくわからないのだが、だれかの敷いた線路がずーっと地平線の彼方まで伸びていて、その果てはどこか、これもまたはっきりしない。その上をトロッコが走り出すと線路に多少、傾斜があるらしく、どんどん加速度がついて止まらない。後ろさがりではなくて前へ向かって進んでいることは確かだから、その点は安心だけれども、スピードが出すぎて途中で脱線しやしないかと心配だ。それに終点がどこなのか、線路が終点まで続いているかどうか、これも不安である。
 トロッコの横には「ワールド・ユース号」と真新しい字で書いてあった。なるほど、と思って気がついたら、トロッコにはほとんど荷が載っていない。からで走って、こんなにスピードを出して大丈夫かと、冷や汗がでかかったところで目が覚めた。初夢にしてはあまり気分のいい夢ではない。
 第2回ワールド・ユース・サッカー大会は、来年、1979年の夏に日本で開催されることになった。1月13日にブエノスアイレスで開かれたFIFA(国際サッカー連盟)理事会で正式決定したのだが、これは形式を踏んだだけのことで、日本開催は既定の事実であったらしい。トロッコはすでに走り出していたのである。
 日本サッカー協会の長沼専務理事は「赤字を出してまで引き受けることはないので慎重に検討しなければ……」と口ではいっていたが、すでに走り出したトロッコの上に座って、そんなことをいってもあまり重みはない。しかし、後ろへ向かって動き出したのならともかく、前へ向かって走り出したのに、無理してブレーキをかけるのも、おとなげない。せっかくだから、走りっぷりを拝見しようというのが、夢からさめたぼくの心境である。
 ところで日本で開かれる第2回ワールド・ユース大会の会期は、1979年8月25日(土)〜9月7日(金)の2週間。残暑のまっただ中である。当然、試合はナイターになる。
 会場は首都圏と関西の二つに大きく分けて、東京を中心に大宮、横浜、それに静岡。大阪を中心に京都、神戸、それに名古屋。こんなぐあいに考えられているようだ。
 もちろん、ナイター設備のないところは照明をつけることが先決だし、スタンドや更衣室が国際試合にふさわしくないところは改装しなくてはならない。いまから間に合うのかと少し心配でもある。
 ところが、静岡あたりでは、昨年の秋ごろ、早くもワールド・ユースの会場を引き受ける気構えで草薙サッカー場の改装計画を練っていた。1月13日のFIFA理事会の決定以前に、トロッコが走り出していたのは。どうやら正夢だったらしい。
 参加チームは16で、これを4グループに分けて1次リーグ。各グループの上位2チームずつがベスト8に進出して、準々決勝、準決勝、決勝を行う。この大会はコカ・コーラがスポンサーで、正式名称は「コカ・コーラ・カップ・ワールド・ユース・トーナメント」となっている。コカ・コーラの本社は、このプロジェクトのためにFIFAへ40万ドル(約1億円)提供していて、地元日本を除く15チームの往復旅費はFIFA負担である。日本は国内での宿泊費、移動費、大会運営費を負担しなければならないが、それも日本各地のコカ・コーラボトリングの会社が協力してくれるだろうから、財政的な不安はなさそうである。

選手強化が心配
 それじゃ何がいちばん心配かといえば、日本チームの成績だ。日本は開催国として予選なしで16チームの中にはいれるけれども、そのあとどの程度、勝ち進めるかとなると、はなはだおぼつかない。
かりにいますぐ大会が開かれると仮定すると、1次リーグで1勝できればいいほうじゃないか、とぼくは見ている。
 日本で開かれるワールド・ユースの出場選手の年齢制限は「1959年(昭和34四年)の8月1日以降に生まれた者」となっている。
 そうすると、正月の高校選手権で人気を集めた帝京の早稲田一男君や浦和南の加瀬仁君は、もう年齢オーバーで出られない。同じ現在の高校3年生でも帝京のゴルゴンこと金子久君や四日市中央工の主将だった樋口士郎君は9月生まれだから、辛うじて出場資格があるというしだいである。
 いずれにせよ、いまの高校3年生以下の選抜チームを、1年半たらずのうちに、きびしい世界のタイトルマッチを勝ち抜けるチームに鍛えあげるのは、不可能とまではいわないが、それに近いほどむずかしい。日本の選手たちは、ユースの年齢ではまだまだ、サッカー選手としては、体力的にも精神的にも子供っぽい。ところが、昨年チュニジアで開かれた大会の話を聞くと、優勝したソ連、2位のメキシコをはじめ、みなおとなのチームだそうだ。ヨーロッパや南米では、20歳未満だったらもうプロの1軍にはいっている年齢だから、それが当たり前である。
 そういうわけで、ワールド・ユースで日本チームが勝ち進むのはかなりむずかしいと思う。地元の日本が勝ち進まなければ、観客も少ないだろう。試合は外国同士、スタンドはがらがらでは、日本はただグラウンドを貸しただけのことで、なんのために線路を敷いてトロッコを走らせているのかわからないことになる。
 かくてはならじと、日本サッカー協会は、これから「しゃかりきになって」ユースの選手強化をやるそうである。これまで2年間ユースを担当してきた松本育夫氏と高校の指導者のナンバー1である浦和南の松本暁司先生のほかに、強化本部長のような人物を上に据えることを考えているらしい。
 お手並み拝見といいたいところだが、一つだけ注文をつけさせてもらえば、その強化本部長は、指導者としての実績のある人で、しかも今後1年半は両松本コーチを支援してユース強化に専念できる人であってほしい。ほかにたくさん仕事を抱えながら、ユースにも口を出す、というようでは、屋上屋を重ねるだけである。


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