アーカイブス・ヘッダー

 

   
サッカーマガジン 1977年12月10日号
時評 サッカージャーナル

フランチャイズとは…

プロ時代の夜明け前
 奥寺選手が1FCケルンでプロになった。日本リーグではブラジルからの移入選手の活躍でフジタがトップに立っている。日立のサッカーのゼネラルマネジャーの高橋英辰氏がプロ野球の巨人キャンプに協力する話がある。コカ・コーラがお金を出している世界ユース大会の第2回大会は日本開催が有力だそうだ。あのお堅い陸上競技でさえ、国立競技場で開かれた日本選手権で広告のついたゼッケンを選手たちにつけさせた――こんな記事が、最近つぎつぎに新聞に載っているのを読むと、日本にもプロ・サッカーの時代が来るんじゃないかな、という予感がする。“夜明け前”の鼓動じゃないか、という気がする。
 アマとプロ、スポーツとコマーシャリズムが接触することに、世間が抵抗を感じていないこと、こういう記事が、不都合な事件としてではなく、むしろ明るい話題として新聞に載ること――そんな社会のムードが、プロ・サッカーのための前提条件の一つだと、ぼく
は思うが、この条件はすでに満たされているようだ。
 しかし、これは外側の社会的ムードの話であって、日本のサッカー界の内側に、プロフェッショナリズムを受け入れる心の準備ができているかどうかになると、大いに事情は違っている。まだまだ勉強不足なんじゃないかと、ぼくは見ている。
 これは、お客さんが少ないから成り立ちそうにないとか、専用の競技場が足りないから試合を消化できないとかいうような、物理的な条件の話ではない。ここで取り上げたいのは「物の考え方」である。物理的な困難は、努力とやり方しだいで克服する道もあるが、人間の頭の中は簡単には変えられないから、こっちのほうが、ずっとやっかいな問題である。
 その一つの例として「フランチャイズ」についての考え方を取り上げてみよう。
 先日、アメリカの新聞に、ボクシング世界ヘビー級チャンピオンのムハマド・アリが、サッカー・チームを買いたがっている、という話が出ていた。
 アリ1人で買うわけではなく、仲間と共同で資本を出し合ってチームを作り、昨年オリンピックの行われたカナダのモントリオールをフランチャイズにして、NASL(北米サッカー・リーグ)に加盟しようという計画らしい。
 ここで注意してほしいのは、ムハマド・アリが「買いたい」といっているものの実態は何か――という点だ。
 コスモスやロサンゼルス・アズテックスのようなすでにできている球団(クラブ)を肩替わりして買いとろうというのではない。あるいは選手たちを買いとろう、というのでもない。
 「NASLに加盟する権利を買う」といえばわかりやすいが、それだけでは十分でない。なぜならチームを作ってNASLに加盟して、ニューヨークやロサンゼルスに本拠地を置こうとしても、簡単には認められないからである。
 ムハマド・アリの買いたいのは「モントリオール地域におけるNASLのフランチャイズ」だといえば正確になる。「フランチャイズ」という単語を手もとの辞書でひいてみたら「特権」という訳が出ていた。スポーツの場合は「地域権」と訳すこともある。要するに「モントリオール地域でNASLの試合をするのは“アリのチーム”だけ」という権利を、NASLから買いたいわけだ。

地域での権利を守る
 こういうアメリカ的なフランチャイズの考え方は、アメリカのプロ・スポーツが盛んになった条件の一つであって、なかなかおもしろいところがある。
 アリはNASLに権利金を納めてモントリオールにチームを作って試合をする。モントリオールには、オリンピックで使われた立派なスタジアムがあり、オリンピックのサッカーで6万人以上の観衆を集めた実績もある。そこにアリは目をつけたわけである。
 しかし、プロの試合を成り立たせるのは、そう簡単ではない。アリは元を取らなければならないから、モントリオールでサッカーを盛んにし、お客さんを集めるために、あらゆる“企業努力”を惜しまないだろう。
 それには、カナダのサッカー協会、あるいは地元ケベック州のサッカー協会の協力が必要である。地元の協会は、NASLとは別にその地域でのサッカーについての権力を持っているから“アリのチーム”に試合の許可を与える権利がある。アリはNASLと地元の協会の両方の管理の下で、サッカーを盛んにするために奮闘しなければならない。
 アリにクラブ経営の才能があって、チームが成功すれば、NASLと地元協会にとっても利益である。そうなれば万々歳だ。
 しかし、アリの努力でモントリオールのサッカーが盛んになったときに、他のチーム、たとえばコスモスが「それじゃおれも」とモントリオールに本拠地を移してきたら大変である。そういうことを防ぐために、フランチャイズ――つまりモントリオールでは、アリのチームだけがNASLの試合をできる“特権”を保証されているわけである。
 フランチャイズという言葉を使わなくても、事情は他の国でも同じだと思う。たとえば西ドイツでケルンのチームがフランクフルトやミュンヘンでも自由に試合をしていいということになれば、ブンデスリーガは成り立たない。 
 だが、日本にはこういう考え方は、まだ理解されていない。
 日本リーグのフジタが、宇都宮から東京へ本拠地を移したことがあるけれど、だれも文句をいわなかった。本来なら、もとから東京を本拠地にしている日立や三菱の権利が狭まるのだから大問題のはずである。
 アメリカのやり方が、すべて良いというつもりはないが、地域での権利を保護するという考え方はトップレベルのスポーツを守るためには、ぜひ必要なものである。日本のトップレベルである日本リーグが、このような考え方を理解しないうちは、プロ・サッカーはまだ時期でないのかもしれない。


前の記事へ戻る
アーカイブス目次へ

コピーライツ