終了間ぎわのPK
日本代表とインデペンディエンテの第1戦で終了間ぎわにペナルティ・キックがあった。2−2で善戦していた日本が、この1点で敗れた。「あのPKは納得いかん」という人が多い。
「ボールが手に当たったら絶対に反則なの?」
とA子ちゃんがきく。
「そんなことはない。相手のけったボールがたまたま腕に当たったようなときは、ふつうは反則をとらない」
「じゃあ、おかしいわ。テレビで見てたら偶然ぶつけられたように見えたもん」
状況はこうである。
インデペンディエンテのラローサが正面から攻めこんできてフェイントをかけた。ベナルティ・エリアにはいったところで、横谷がゆさぶられて、しりもちをついた形で転んだ。転んだひょうしに手をついたら、そこヘボールがきて腕に当たった、というわけである。
「それは、反則をとるときもあり、とらないときもある」
「あら、どうして」
「規則では、わざとボールを手でさばいたら反則だということになっている」
「でも、あれはわざとじゃないわよ」
そりゃあ、もちろん、わざとじゃない。だれがペナルティ・エリアのとば口で、わざとハンドリングの反則なんか、するものか。
「だけど、わざとかどうかは審判の人が決めるんだ。本人にそのつもりがなくても、審判の人にわざとだと見えたら反則、わざとじゃないと見えたら反則じゃない」
「ふん。サッカーってずいぶん、いいかげんねえ」
そこがサッカーのいいところなんだよ――といおうと思ったがやめにした。だってA子ちゃんは、すっごく正義派なんだ。一つの問題に二とおりの答えがあってもいいんだというようなことは、ちょっとやそっと説明したって納得しないに違いないんだ。
「それに、偶然ボールが手に当たったように見えたとしても、そのために相手がいちじるしく不利になったり、こっちがいちじるしく有利になったような場合には、わざとやったとみなして、反則をとるのがふつうになっている」
「へえ、じゃあ、この間のはどうなのよ。審判の人に会ったらよっく説明をきかせてもらっておいてよ」
「うん、まあな……」
とぼくはあいまいな返事をしておいた。
本当のことをいうと、審判員はこういう場合にチームの人や報道関係者に説明をしてはいけないことになっている。余計な口をきくと、かえってトラブルを大きくしかねないからだ。
だから、あの試合の主審だった手塚さんに新聞記者として説明を求めても多分「インテンショナルなハンドリングがありました」というくらいしか答えてくれないだろう。
インテンショナルというのは簡単にいえば「わざと」ということである。あの場合、転んだ横谷がわざと手を出したのでないことは明らかだが、それを「インテンショナル」とみるのは主審の裁量である。ボールが横谷の手に当たらなければ、相手はそのまま突き進んでゴールを陥れていたかもしれないから、相手がいちじるしく不利になったと見ることもできる。
主審の裁量権
「そんなとき間接フリーキックにすることはできないのかね」
A子ちゃんの追及が一段落したと思ったら。今度は同僚が難問を出した。
競技規則第十二条では、直接フリーキックを与える反則のところには「故意に」という言葉がはいっているが、間接フリーキックを与える反則をあげてあるところには「故意」にという言葉がない。だから「わざとでなければ間接フリーキックだろう」というのだがこれはちょっとむずかしい。
「危険なプレーであれば故意でなくても間接フリーキックだけどね。ボールが手に当たったのを危険なプレーというわけにはいかないじゃないか」
「でも相手は妨害されて不利になってるとしたら?」
「妨害ならオブストラクションだけど、間接フリーキックになる反則の中で、オブストラクションの項にだけは“故意に”という言葉がはいっている」
結局のところ、ああいうケースは「故意のハンドリング」とみなしてPKにするか、「故意じゃない」と見てそのままプレーを続けさせるかのどちらかしかない、という結論になった。
「だけど親善試合なんだし、残り時間は40秒くらいしかなかったしなあ。ワールドカップ予選に出かける日本代表チームに自信をつけさせるためにも、あそこは見のがすくらいの腹芸を審判員はできないのかなあ」
「そうよ、そうよ。もしアルゼンチンであの試合をやって日本がペナルティ・キックをもらったんだったら、あの審判の人はピストルで撃ち殺されてるわよ」
A子ちゃんの話は極端だ。審判員に「腹芸を見せろ」といったって「はい見せます」というわけはない。
「反則があったと見たら笛を吹くしかないんだよ」
「じゃ、おまえが主審をやったらあそこはやっぱりPKか」
「いいや、ぼくが主審ならプレーオンだね。ぼくには故意に見えないもの」
故意か、故意でないかは主審の裁量の範囲内にある。その裁量権を使う権利がぼくにはあると思うんだけどわかるかな。わかんないだろうなあ、A子ちゃん。
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