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サッカーマガジン 1977年1月25日号
時評 サッカージャーナル

スポーツの表彰あれこれ

読売賞は推薦を辞退
 「例のスポーツ賞のことなんだけれど、今回は該当者なしということで……。本当になにもないでしょう……」
 11月の末に、日本サッカー協会の長沼専務理事に呼びとめられてこういわれた。
 読売新聞社で、毎年暮れに「日本スポーツ賞」を選んでいる。その年のアマチュア・スポーツの中でもっとも優秀な功績を残したと思われる個人または団体を表彰する賞である。
 日本体育協会に加盟している各競技団体にお願いして、各競技からそれぞれ一つずつ「優秀団体」または「優秀選手」を推薦していただく。その中からさらに有識者を集めた委員会で、全部のスポーツを通じての「最優秀」を選定するという仕組みである。
 そういうわけで、サッカーからも毎年「優秀団体」または「個人」を一つ推薦する。推薦された各競技別の団体または個人にも、読売新聞社からトロフィーを差し上げることになっている。
 ところが、1976年度は「サッカー協会から推薦できるようなチームも個人もない」と長沼専務理事はいうわけである。
 「うーん、そうですね」
 とぼくは答えた。
 「しいていえば、タイのクィーンズ・カップに優勝したということで、ヤンマーを出す手もあるけれど……。ちょっと弱いかな。まあ理事会で相談してみてください」
 数日後に開かれた理事会でも、やはり「推薦に値するものなし」という意見だったようで、日本サッカー協会から文書で「辞退」の返事が、新聞社あてに届いた。サッカーが推薦を辞退したのは、初めてのことである。
 たしかに、1976年度の日本サッカー界には、これといって推薦に値するような出来事は、なにもなかった。寂しいことだけれども仕方がない。
 “二宮全日本”がムルデカ大会で健闘したけれども、優勝したのならともかく、オリンピックの年のスポーツ賞に、オリンピック予選に敗退したナショナル・チームを推薦するのは、指揮官が代わったとはいえ、気がひける。
 読売賞は別に国際的な活躍だけを対象にしているわけではなく、国内的な優秀団体または個人でもかまわないが、残念ながら国内のサッカーにも目ぼしい候補はいない。一つには、シーズン制が変わって、この時点では日本リーグも天皇杯も日程のなかばだから、決めにくいということもある。
 前年まで協会の実力者だった小野卓爾前専務理事は「サッカー奨励のための、せっかくの機会だから」と、こういう場合には、多少無理でも、だれかを推薦する主義だった。レベルを下げて考えれば功績者が絶無ということはありえないのだから、それも一つの見識である。
 過去には、チームや選手でなく審判員が推薦されたこともある。現在、協会の理事になっておられる村形繁明氏である。
 1958年に東京で第三回アジア競技大会が開かれたとき。村形氏はサッカーの決勝戦の笛を吹いて、むずかしい試合を見事にさばいた。協会からの推薦で村形氏は読売のトロフィーを受けとられたはずである。
 しかし、このところ審判はトラブル続きで、ちょっと推薦するのは無理なようである。

表彰乱発のすすめ
 さて、今回の読売スポーツ賞辞退は、まことにやむをえぬ仕儀だったのだけれども、ぼくの個人的意見をいえば、こういう表彰の機会は、なるべくムダにしないで、どんどん利用すべきだと思う。極端ないい方をすれば、表彰乱発主義である。
 得点王やアシスト王の表彰がはじまったころ「サッカーは、チームスポーツなんだから、得点をあげた選手だけ表彰するのは、不公平じゃないか」という意見があった。いまでもあるだろう。
 まことにもっともな意見だが、一方で、得点やアシストをたくさんした選手がいるのは一つの事実だから、それを記録に残すのは、サッカーPRの手段として悪くない。新聞社などがトロフィーを出すのは、一種の記念品と心得るべきである――とぼくは思った。
 「ゴールキーパーは得点王やアシスト王の“記念品”をもらう機会がなくて不公平だ」というのなら「優秀ゴールキーパー」にも記念品を出してくれるように、別の新聞社に交渉したらどうだろう。
 ただし、一つの業績を二重三重に表彰するのには反対である。
 たとえば、天皇杯優勝チームをそれだけの理由で読売スポーツ賞に推薦するのは適当でない。なぜなら天皇杯獲得は、それ自体ですでに報われているのだから、そのうえに、さらに表彰を重ねるのはかえって天皇杯の権威をないがしろにするようなものだろう。
 しかし、その成績に特別の意味があれば話は違う。1968年のメキシコ・オリンピックで銅メダルを得た日本代表サッカー・チームは、その年の読売の日本スポーツ賞委員会から「オリンピック特別賞」を受けた。日本のサッカーがオリンピックで上位にはいったのは画期的なことであり、そのプレーぶりの正々堂々としていたことも世界中をびっくりさせた出来事だったから、これは銅メダル・プラスアルファが、けっして「屋上屋を重ねる」ことにはならなかった。
 表彰一つするにも、理屈はあれこれあって簡単ではないが、普及のために各地で努力している隠れた功労者を協会で毎年、定期的に表彰する「サッカー功労賞」みたいなものも、考えてみてはどうだろうか。


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