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サッカーマガジン 1976年9月25日号
時評 サッカージャーナル

モントリオールで感じたこと

東ドイツ勢の活躍
 オリンピックのためカナダのモントリオールに出かけて、2カ月間、日本を留守にした。オリンピックの仕事は、ただ目がまわるように忙しいばかりで、サッカーの試合を見るひまは、ほとんどなかったから、オリンピックのサッカーについてはなにもご報告できないが、モントリオールで感じたことを、簡単に、書き記しておきたい。
 モントリオール・オリンピックでは、東ドイツが各競技にわたって、目ざましく活躍した。それが今度の大会の大きな特徴だったといっていい。そして、サッカーでも東ドイツが優勝したのだが、しかし、他の競技、たとえば水泳やボートで東ドイツ勢が活躍したのと、サッカーで東ドイツが優勝したのは、いささか意味あいが違うような気がする。
 水泳では、東ドイツ選手はもっぱら女子が金メダルをとった。女子競泳13種目のうち11種目の優勝が東ドイツだった。しかし男子競泳13種目では金メダルはゼロ。100メートル背泳ぎで盛りを過ぎたマッテスが銅メダル一つをとっただけである。なぜ、女子は圧倒的に強いのに男子はたいしたことはなかったのか。ここに今回の東ドイツ攻勢の秘密を解く一つのポイン卜があるようだ。
 「東ドイツは、なにか特別な新しいトレーニング法を開発したに違いない」
 モントリオールの国別メダル獲得数一覧表を見て、多くの人がこういっているのを聞いたけれど、ぼくは、そうではないと思う。もし、他の国にはまだ知られていないような、まったく新しいトレーニング方法によって東ドイツのスポーツが強くなったのなら、女子だけでなく、男子にも目ざましい効果があって当たり前である。水泳の女子だけが抜群の成績をあげて、男子はそれほどでもないということは、東ドイツが特別に新しいトレーニング方法を開発したわけではないことを示しているのではないだろうか。
 ぼくの考えはこうだ。
 東ドイツの女子が目ざましい好成績をあげたのは、これまでの女子種目のトレーニングに、まだまだ改善強化の余地があったからである。つまり、男子のスポーツに比べると女子のスポーツは、まだそれほど盛んでなく、競技レベルも低かった。そこで集中的な強化策をとった東ドイツが、ぐーんとレベルをあげたわけである。男子のほうは、各国とも強化に力を注いできて、競技レベルは現時点で考えられる最高限度近くに達している。したがって、東ドイツがそれ以上の強化方法を考え、レベルを飛躍的に伸ばす余地はなかった、ということである。
 東ドイツは水泳のほかに、ボートでも目ざましい成績をあげた。男子は8種目のうち5種目に金メダルをとり、女子は6種目のうち5種目の金をとった。
 ボートは国際的にそれほどポピュラーでなく、むしろ特殊な立ち場のスポーツである。とくに女子は、このオリンピックから加えられた新種目だった。したがって、ここでも、水泳の女子種目と同じく東ドイツの集中的選手強化が大きくものをいう余地が残っていたのだろうと思われる。
 要するに、東ドイツのメダル大量獲得は、比較的、他の国の強化が手薄だった“穴種目”で成功したものだ、とぼくは考えるわけである。

サッカーの勝因は?
  一つの例外はマラソンのチルピンスキーだった。陸上競技でも東ドイツは主として女子で活躍していたのだが、終盤に男子種目の、それも“オリンピックの花”といわれるマラソンで優勝したのには「あっ」といわされた。
 聞くところによると、東ドイツの選手強化は底辺から頂点までを結んだ組織的なもので、それぞれ多くの科学者グループに支援されているのだという。そういう大がかりな選手強化策の成果が、特に“穴種目”に顕著にあらわれ、同時にマラソンのような体力トレーニングの効果の出やすい種目での成功を生んだ、ということがいえるのではないだろうか。
 東ドイツのスポーツの躍進ぶりについての以上のような観察が当たっているかどうかは、なお今後の研究をまたなければならないと思うが、サッカーで東ドイツが優勝したのはいささか背景が違うのではないか、とぼくは思う。
 いうまでもなく、サッカーは世界でもっとも普及したスポーツであって“穴種目”ではない。
 オリンピックの出場権を獲得するほどの国では、どこの国でも、サッカー選手に向いている素質をもった少年たちは、必ずサッカーをやっている。サッカーをやれば成功するだろうと思われる少年が野球チームでタマ拾いをしているようなことは、まずない。
 また、モントリオールのベスト4に進出するようなチームの選手たちは、フルタイムのプロフェッショナルとほとんど同じだと考えていい。練習量やトレーニング方法などについて、まず、現時点での最高限度に近いことを、みなやってきているだろう。
 以上のような理由で、東ドイツが水泳やボートでたくさん金メダルをとったのと、サッカーが優勝したのとでは、わけが違うと考えられる。
 ただ、ポーランドやソ連が、ワールドカップとヨーロッパ選手権のほうを重視しているのに比べて東ドイツのほうが、オリンピックの金メダルに、より執着心を強くもっていたことは想像できる。そのへんのことは、今度のオリンピックのサッカーをじっくり観察した人たちの報告を聞いて、改めて考えてみたい。


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