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サッカーマガジン 1976年5月10日号
時評 サッカージャーナル

日韓戦の教訓は何か

技術と戦術に違い
 モントリオール・オリンピック予選の日韓サッカーは、日本の1敗1引き分けだった。ぼくは第1戦を国立競技場で、ソウルでの第2戦を宇宙中継のテレビで見たのだが、第1戦は互角に近く、第2戦は明らかに日本が押されっ放しだった。地元での互角の試合に0対2で敗れ、敵地での一方的に劣勢な試合を2対2で引き分けたのだから、サッカーはおもしろい。
 「ボールはまるい」とは、このことだ。勝負はどちらへ転がるかわからない。
 新聞に出た第1戦の記事の中に「技術に差はない」というのがあった。また「戦術的な差はない」という表現もあった。それぞれ、特定の条件をつければ間違いではない。しかし、一般的な意味にとられると「ちょっと違うぞ」とぼくは思う。
 「技術」に差がなく「戦術」にも差がないとすると、勝負を決めたのは「体力」と「気力」だったということになる。実際に他の新聞の記事で、韓国チームの体力を強調したものも目についた。また第2戦のテレビ中継でアナウンサーも、韓国チームのスタミナの優位をいっていた。いろいろ多くの要素について話が出た中で、その中の一つとして「スタミナ」に触れたのだから、これも間違いではない。しかし勝負を決めたのが「体力」の差だけだったというふうにとられるのなら「それは違うぞ」とぼくは思う。
 ぼくの見るところでは「技術」にも明らかに差があった。たとえば、それはボールの「ワンタッチ・コントロール」に表れていた。
 相手のボールを奪ったバックから、中盤あるいは前線のプレーヤーにパスが出る。パスを受けたプレーヤーは、最初のタッチでボールをポーンとはね返し、2度目のタッチで次のプレーに移るのに都合のよい場所に置く、これは日本選手のプレーである。釜本と吉村以外は、ほとんどがそうだ。
 韓国選手のプレーは違った。例外はあるにしても、がいして、最初にボールにさわったとき、すでに自分の次のプレーに都合がよく、守っている相手に都合の悪い場所にボールを置いていた。
 「韓国のほうがスピードがある」といういい方の背後に、体力ないし身体的(アスレチック)な能力だけでなく、こういう技術的な問題もあることに注意していただきたい。ボールを止めるのに手間を二つかけるより、一つだけですますほうが速いことは、いうまでもない。
 韓国のプレーヤーは、走り出ながらプレーし、日本のチームは止まってプレーすることが多かったというなら、走りながらボールをワンタッチでコントロールすることのほうが、ゆっくりとやるより、ずっと「技術」を要することを指摘しておきたい。
 そういうわけで、ぼくは明らかに「技術に差があった」と思う。最近は家庭用のビデオ・セットがよく売れているということだからぼくの説がウソだと思うなら、どうか、どこかで、2試合のテレビの録画を見て、じっくり検討していただきたい。
 「戦術」の面でも、韓国は成功し、日本に失敗があったと考えられる。 
 日韓戦の戦術的な論評は、他の専門家が本誌にも書くと思うから、このページでは省略することにしよう。
 ともあれ、体力的な問題を無視するつもりはないが、技術と戦術の問題のほうが、より決定的だったのではないだろうか。

すばらしかった応援 
 「技術」については、すでにできあがったプレーヤーを短期間に上達させるのはむずかしい。したがって、これは日本のサッカー界全体の体質に、根本的にかかわる問題である。「戦術」については監督、コーチに相当の責任があるだろう。新しいスタートを切った日本サッカー協会の執行部は、このような問題をうやむやにしないで日韓戦を教訓に抜本的な対策を立ててもらいたい。
 ところで、今回の日韓戦でもっとも印象的だったのは、技術でも戦術でも体力でもなくて、実にスタンドの観衆のすばらしい応援ぶりだった。
 第1戦の国立競技場のふんい気は、外国のサッカー場のムードの3分の1くらいの熱っぽさはあったと思う。日の丸がスタンドのいたるところで振られ、1人の吹きならすラッパに、みんなが「ニッポン! チャチャチャ」と相応した。日本がリードされて苦しんでいるとき、向こう正面も、いっせいに「ニッポン、ニッポン」と叫んで選手たちを勇気づけようとした。自分たちの力で勝たせようという気持が、自然にムードを盛り上げ、それによって観客はみな、それぞれスポーツを楽しんでいた。
 試合の前とハーフタイムに、旗を持ってフィールドに飛び降りた人たちがいたのは感心しない。飛び降りた人は気分がよかったかもしれないが、他の多勢の人たちが真似をしてフィールドに乱入したら収拾のつかない大混乱になるおそれがあるからだ。しかし幸いにして付和雷同する人は少なく、韓国の旗を持った向こうの応援の人たちが少人数飛び降りたけれども殺気立った感じにはならなかった。ユーモアとして見過ごせる程度だったのはよかった。
 第2戦のソウル運動場のスタンドは、これまでになく整然と秩序が保たれていたそうだ。それでも地元の大衆が、味方のリードに熱狂し、同点に落胆する様子がテレビでよくわかった。日本から応援に行った人たちが、元気よく日の丸を振っているのも映っていた。
 両国の大衆がともにホーム・アンド・アウェーの試合を楽しんだこと――これは今回の日韓戦の最大の収穫であり、教訓だったと思う。


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