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サッカーマガジン 1975年12月10日号

三菱サッカー快進撃
“二宮の戦法”の秘密をさぐる      (2/2)  

リズムを作り出す守り
―――スペースを消すこと

 「三菱の攻めは逆襲でしょ」と釜本君はいった。 
 二宮監督も「うちは速攻をむねとしているけど……」という。 
 では、三菱の狙っている逆襲の速攻とはどういうものだろうか。
 4年ほど前に、二宮監督が西ドイツでバイスバイラー監督などから学んできた資料を整理するのを手伝ったことがある。手伝いながら資料を見せてもらって話を聞き、新しい知識を仕入れたわけである。 
 そのときに二宮監督は、しきりに「相手にこさせる」という言葉を使った。「相手にこさせるって表現は、どうも日本語としては、ぴんとこないな」と、ぼくがいっても、二宮監督は、しつこく、この表現を繰り返した。 
 このときに整理した資料の内容は、その後に二宮監督とバイスバイラー監督の共著で「サッカーの戦術」(講談社スポーツシリーズ)という本になっている。 
 その中で二宮監督は「相手にこさせる」ことを次のように説明している。 
 「攻撃の重要なポイントは、相手を、前に引き寄せて、その裏側を攻めることである。そのためには、守備の場面のときに、あるていど中盤を相手にまかせ、バックラインを前へこさせておいて、ボールを奪い返したときに効果的な速攻で、その裏をつくようにしなければならない」 
 部分的な引用が誤解を招いては困るけれども、これはけっして、前線や中盤のディフェンスをするな、ということではない。前線のディフェンスで相手の攻めを遅らせ、中盤のディフェンスで“スペースを消し”て、チームで守ることは、逆に、このようなねらいのサッカーでは、もっとも重要なことである。
 「中盤を相手に任せる」というのは、ボールを相手にもたせることだが、試合のリズムはこちらが握っていなければならない。相手の思いどおりには攻めさせないで、こちらの思いどおりに相手にこさせるのである。このような内容を短く表現するには、やはり「相手にこさせる」という言葉しかないようだ。
 いまの三菱は、この相手にこさせるサッカーをする条件を整えつつあるように見える。 
 中盤の足利、大久保あるいは細谷は、三菱がバイスバイラーのサッカーを学びはじめた当時からの生え抜きで、二宮監督のやろうとしているサッカーのねらいを、十分に身につけている。 
 森は足の肉離れで休んでいるが、若い鈴木が、二宮監督のいう「中盤の底」(守備的な中盤プレーヤー)に起用され、守備のほうではがんばっていて、安定した最終ラインとともに、守りの厚味を増している。相手にこさせても危険でないためには、守備の厚味は絶対に必要である。 
 そして、逆襲になれば両ウイングに駿足の高田と藤口がいる。「相手にこさせて」逆襲をかける条件は整っている。   
 しかし、きびしくいうと新しい三菱のサッカーは、攻撃面では、まだ十分でない。 
 たしかに今年の前期には、逆襲の速攻からの得点が6点ほどあった。だが、それはいずれも比較的組みしやすい相手との試合のときである。 
 後期の日立との試合の次の週のミーティングで、二宮監督は次のようにいったそうだ。 
 「守備が安定してきたのは、うれしい。いい守備のない攻めはありえないのだから――。だが、守りと攻めはワンセットだ。日立との試合で、もう3点とっていれば、いい守りの値打ちがあった。3点とるだけのチャンスはあったはずだ」

停止球からのプレー
―――自信のコーナーキック

 「三菱は速攻をむねとしてるけど……」といったあとに二宮監督は、こう続けた。
 「縦ヘポンポンつなぐだけでは、相手もそう簡単にはひっかかってはくれない」 
 だから、スピードには自信のある高田が、いま心がけていることは、どうやって「スピードを落とすか」であるという。ボールをチームでキープし、その中で高田が中盤で一度ボールにさわるチャンスを作る。それによって次にスピードが生きるはずである。   
 もう一つは、逆襲速攻のスピードを生かしながら、相手ゴール前でのフィニッシュを確実にすることだ。高田−藤口で攻め込んでもシュートを空振りしたのでは、なんにもならない。速攻からのセンタリングを、スピードを殺さずに落ち着いてシュートするには、どうしたらよいか――これはいま、藤口に与えられている課題である。 
 三菱が攻めのほうで抱えている問題は、ほかにもある。 
 バックの攻め上がりで作るチャンスが減ってきていること、森の負傷で中盤からの組み立てに含みが乏しくなっていること、釜本のような特別の才能をもつ“異能プレーヤー”がいないこと――など。 
 しかし、新しい“三菱のサッカー”が完成するまで、相手は待っていてはくれない。いや、スポーツの世界には、いつになっても完成はないのかもしれない。 
 進歩を求めながら、現在の能力で足りないものを他の方法で補って勝ち抜くほかはないのが、この世界である。 
 三菱の攻めの場合、フィニッシュの未完成を補っているのは、コーナーキックやフリーキックなどの“停止球からの攻め”ではないかと、ぼくは考えた。 
 このことを指摘したら、二宮監督は「あっ、はっ、はっ、は」と大声で笑って、「そう見えますか?」と反問した。本当のことをいわれたので、てれ笑いをしたのじゃないかと思う。 
 記録を調べてみよう。 
 今シーズンの前期に三菱のあげた17点のうち、6点がコーナーキックとフリーキックからの得点である。ほかにペナルティキックが一つある。後期の第1戦、フジタとの試合の決勝点もフリーキックだった。 
 以上は、公式記録の得点経過にあらわれたものだから、詳しく調べれば、停止球からのプレーが間接的にゴールに貢献したものは、もっとあるかもしれない。 
 「得点になってるかどうかはともかく、チャンスになっているのは事実ですね。とくに左コーナーキックが、いい形になっている」
 と二宮監督も認めた。 
 杉山が退いたいま、三菱のコーナーキックは大久保がけっている。杉山のキックは正確さに特徴があったが、大久保のキックは、けったボールの速さが身上である。まっすぐに速く飛んでくるボールを生かすように攻めのパターンが組み立てられている。 
 三菱のコーナーキックのパターンは「大きく分けて四つある」という。 
 ボールを落とす地域、高低、スピード、そして、そこへ飛び出す人間の方向づけ――これについて、それぞれサインがある。「だから細かいパターンの数がいくつになるのか、ちょっと数えられない」そうだ。 
 三菱がコーナーキックからの攻めを得意にしているのは、ずっと以前からだ。 
 昨年開幕の日立戦で、パターン通りに、ずばりとシュートの決まったケースがあった。ゴール前から高田と細谷が、すばやく退き、そのあいたスペースへ落合が走り込んで決めた(図)。 
 しかし、こういうように直接ゴールにならなくても、意図をもって動くことによって、相手を混乱させ、思わぬ副産物を生むことが多い。停止球からの攻めは、そういう意図をあらかじめ取り決めておけるから、攻撃側に有利である。その有利さをコーナーキックのときに生かしていることでは、三菱がリーグの中でNO.1である。 
      ※      ※      ※ 
 この記事を書くために、東京・杉並の二宮監督の自宅を訪ねて話を聞いた。 
 夫人の手づくりの料理をごちそうになりながら4時間あまりもサッカーの話ばかりをして、二宮監督のチームづくりへの情熱が、衰えるどころか、年とともに燃えさかっているのに、改めて敬服した。 
 日本のサッカーが、いつまでも同じようなやり方で停滞しているとき、つねに新しいものに目を向け、取り組んでいこうとする二宮監督の姿勢は、非常に貴重なもののように思われる。

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