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サッカーマガジン 1975年7月10日号
時評 サッカージャーナル

三菱サッカーはなぜ強い

コーチと選手の対話
 日本リーグの首位争いは、やっぱり、三菱、ヤンマー、日立のご三家にしぼられてきた。第8節に単独首位に出た三菱の二宮監督は「まだ日程を半分やっただけですから……」と慎重な口ぶりだったが、「しかし、優勝は、この三つの中から出るでしょうね」とはっきりいう。
 永大などの革新グループに、ひと暴れが期待されていたが、やっぱり、落ち着くべきところに落ち着いたようである。ご三家の壁がなぜ破れないのか――ほかのチームはもうすこし根本的に考えてみる必要がありそうだ。
 先だって、用があって三菱の事務所を訪ねた。東京駅と皇居の間のビジネス街のビルの7階に三菱サッカーの事務室がある。
 三菱重工の会社のオフィスの一画ではあるが、ちゃんと壁で区切られた大きな部屋があって、そこはサッカー部専用である。二宮監督らの事務机が並んでいるほか、ちょっとしたコーチ会議が開けるくらいのテーブルがある。
 ドアの内側には、近く東京の巣鴨に完成する三菱養和スポーツ・クラブの大きなポスターが張ってあり、書棚には、西ドイツの名監督ヘネス・バイスバイラー氏の協力を得て二宮監督の書いた本「サッカーの戦術」(最近新版が出た)が十数冊並んでいる。きれいなお嬢さんが、きびきびと仕事をしていて、かたわらオレンジ・ジュースをサービスしてくれた。“三菱事業部サッカー課”のオフィスといった感じだ。
 ぼくが訪ねていったのは、火曜日の午前中。ソウルの朴大統領杯に全日本の若手を連れて行ってきた大西忠生コーチが、藤口光紀選手と、なにやら熱心に議論していた。黒板に図を描いて、ああでもない、こうでもない、といっている。聞き耳を立てた感じでは、ゾーン・ディフェンスの浅い守備ラインの攻め方を研究しているようだった。
 その前の日曜日に、三菱はヤンマーを破っている。その一つ前には永大に勝っている。どちらも、日本のサッカーでは数少ない、ゾーン・ディフェンスのチームである。つまり、2週続けてゾーンの守りを打ち破り、そのあとでなお反省と研究をしているわけだ。
 練習の前のミーティングで、監督を中心に反省会をやっているのなら当たり前である。どこのチームだって、やっている。
 大西コーチと藤口選手は、そうではなくて、個人的な研究心から話し合っているふうだった。サッカーの好きな仲間同士で、サッカーの話をしていて、ときのたつのを忘れるのも、よくあることだ。しかし、ちょっと年齢の離れたコーチと選手との間で、勤務の合い間に、ひまを見てサッカーの話ができる、ということに、ぼくは、いささか感心した。

環境の獲得と活用
 三菱の選手たちは、午後からは東京の郊外、調布市にあるグラウンドに行って練習をする。ここにも立派なクラブハウスがある。そういう、いろいろな点で、三菱のサッカーは、非常に恵まれた環境をもっている。
 三菱のサッカーが強いのは、こういう恵まれた環境のおかげだといってしまっては、誤解を生むかもしれない。
 いかに環境に恵まれていても、それを活用するのは、監督、コーチ、プレーヤーである。そういう人たちの才能と努力が、基礎になっているのは、もちろんである。
 また、恵まれた環境は、棚からぼた餅のように、大企業の力で与えられたものではない。これだけの環境条件を獲得するために、三菱の内部のサッカー好きの人たちが、これまで長年にわたって苦労を積み重ね、努力をしてきたことを忘れるわけにはいかない。大企業、大組織だから、かえってサッカーのためだけに特別の条件を与えるのは、むずかしい場合も多いだろうと思う。
 三菱の例ではないが、同じような大企業のサッカー部で、こんな話があった。
 選手たちは、同系列の企業の、いろいろな会社と、いろいろな部課で働いている。
 したがって、みんないっしょに練習する時間をとることが非常にむずかしい。監督さんが、各部課をまわって、部長さん、課長さんに、いろいろ配慮をお願いして、勤務時間を融通してもらったりしていた。
 職場の人たちの理解のおかげでチームは優勝し、監督さんは、選手たちの所属の部課に、お礼にまわった。
 ところが、あるスター選手の所属の課にいったら、午前中だのにその選手がいない。
 「いや、ゆうべは同じ課の連中で祝勝会をやってやりましてね。ご苦労さんだったから、きょうは会社に出なくていいといったんです」と課長さんが説明した。
 監督は、その場では厚く礼をいって帰ったが、夕方の練習に、のこのこ出てきたそのスター選手には、特訓を課して、たっぷり、しぼった。
 「お前は、いつから職場のタイコモチになったんだ!」
 というのが、監督の第一声だったそうである。
 強いチームの背後には、一朝一夕ではできない何物かがある、とぼくは思う。


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