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サッカーマガジン 1975年6月10日号
時評 サッカージャーナル

五輪予選東京開催と政治問題

新しい問題――南ベトナム
 4月の最後の日、サイゴンが解放軍の手に落ちた。南ベトナム全土で臨時革命政府が全権を握った。1950年以来のインドシナへの介入が、みじめな結末になって、アメリカ政府も今となっては「なんてバカなことをしたんだろう」と後悔しているに違いない。結局のところベトナムのことは、ベトナム人に任しておけばよかったんだ。他人の家庭に余計なくちばしを入れてろくなことはない。
 それはさておき、同じ日の日本の新聞は、サッカーのオリンピック予選の開催地に東京が正式に決まったというニュースを載せていた。ふつうだったら、これはうれしいニュースだが、今度のケースは、そうとばかりもいえない。このオリンピック予選に、いろいろ面倒な問題のあることは、ご承知のとおりである。
 東京で開かれる予定のオリンピック予選、アジア地域第3組にはいっているのは、日本、韓国、フィリピン、南ベトナム、台湾、イスラエルの6カ国である。
 南ベトナムも、この中にはいっている。サイゴン政権が崩壊したから南ベトナムは参加しないだろうと思うのは早計で、FIFA(国際サッカー連盟)に属しているのは、南ベトナムのサッカー協会であって、旧サイゴン政権ではない。また、サッカーをやっているのは、ベトナムの民衆であって当局者ではない。熱い戦争が行われている最中に、民衆は解放区でも、サイゴンでも、同じルールでサッカーを楽しんでいた。政権が代わったからといって、民衆がサッカーをやめるとは思われない。国が統一されて、サッカーはますます盛んになるだろうと思われる。
 そういうわけだから、新しい南ベトナムがオリンピック予選参加を希望してきたら、喜んで迎え入れるのが当然である。
 ただし、新しい南ベトナムの参加は。これまでに予想されていた面倒な問題とは別に、もう一つ新しい問題をひき起こすかもしれない。それは、今度の南ベトナムは台湾やイスラエルとの対戦を拒否する可能性があるということである。世の中には、そういう態度は「スポーツに政治をもちこむもので、けしからん」という人もいるだろうが、考え方はいろいろある。

東京予選は大きな“赤字”?
 FIFAは、これまで、こういう政治的な問題を巧みに避けて通ってきた。トラブルが起きたことも少なくはないが、その処理の仕方は、他のスポーツ団体に比べると、ずっと柔軟だった。今回のオリンピック予選のグループ分けだって、抽選ということにはなっているが、結果をみると、政治的配慮が加えてあると見ることもできる。アジア第3組には、いわば、“右寄り”のところばかり集めて対戦拒否などの事態が起きないようにしてあったのである。ところが事態は急変した。東京でのオリンピック予選は、その影響をもろにかぶるかもしれない。
 もっとも、いまの時点で判断すれば、今回のオリンピック予選には、南ベトナムが参加しない可能性もかなり強い。だから、仮定の問題をいろいろ考えても仕方がない、といってしまえば、それまでである。
 しかし、イスラエル・チームが過激派グループに襲撃される可能性については、仮定の問題だからといって、見過ごせないものがある。
 日本サッカー協会のある理事は「そんなことの起きる可能性は、ほとんどないと思うよ」と楽観論を述べていた。
 また、ある人は「可能性の少ないことを心配するよりも、東京で予選ができるように、あらゆる努力をすべきだ」と主張していた。
 ぼくは、そうは考えない。これは人命に関し、多くの人に非常に迷惑のかかる問題である。たとえ、その可能性が千分の一であっても、危険を避けることのできる方法をとるべきである。
 ホーム・アンド・アウェー方式を採用するのも、その一つの方法で、ぼくはそれを提案したが、採用してはもらえなかった。
 台湾についての問題点も、よく理解されていないようだ。
 日本サッカー協会は、中華人民共和国のサッカー協会を、中国を代表する唯一のサッカー協会と認める約束をしている。
 そこで、オリンピック予選で台湾と対戦するについて、「北京へ行って了解をとりたい」と、日本サッカー協会の責任者は公言していた。中国のほうが公然と「どうぞ、どうぞ、台湾とやって下さい」というとでも思っているのだろうか。日本の協会責任者の外交センスが疑われる。
 ぼくは、このオリンピック予選については、もう一つ別の心配をしている。それは、この予選競技会のテレビ中継を引き受ける局がないんじゃないか、ということである。どこのテレビ局だって、放映権利金を払ってまで、政治的トラブルに巻き込まれたくないだろうからである。だから、東京のオリンピック予選競技会は、いろんな意味で大きな赤字になるのではないだろうか。


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