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サッカーマガジン 1975年3月号
牛木記者のフリーキック

●プロとアマの区別の廃止
 イングランドのサッカー協会(FA)が、プロフェッショナル・プレーヤーとアマチュア・プレーヤーの区別をやめ、すべての登録競技者を、単に「プレーヤー」と呼ぶことにした。前から方針は決まっていたことだが、この1月末に、最終的に規則の改正があった。
 このことを大きくとりあげた、ある新聞の解説記事の内容には、いささかわかりにくいところがあった。いや、率直にいわせてもらえば、見当違いじゃないか、とぼくは思った。その新聞の解説をウノミにした人も多いだろうから、ここに、ぼくの解説を掲載して、ご参考に供したい。
 「これからは、英国にはアマチュアのサッカーは、いなくなるわけである」と、その新聞の解説は書いている。
 そんなバカなことはない。イギリスでも、日本でも、まったくお金をもらわないで、趣味でサッカーをやっている人が、大多数である。こういう人たちは、これまでも、今後も、アマチュアである。サッカー協会や体育協会から、お墨付きをもらわないと「アマチュア」ではない、という考え方がおかしい。ぼくならば、ここは「これから英国では、実はセミプロなのに、アマチュアだと称してサッカーをする選手はいなくなるわけだ」と書く。
 アマチュアであるためには、お墨付き(アマチュア競技者としての登録)が必要だと考えているから、この新聞の解説は今後、イギリスのサッカーは、オリンピックには出られなくなったと説明することになる。ぼくの考えでは、これも間違っている。
 オリンピックは、アマチュアのための大会であって、アマチュアでなければ参加できない。しかしかならずしも、平常から国内の競技団体に「アマチュア」として登録している必要はない。
 オリンピック規則の第26条に「参加資格規定」というものがある。一般に「アマチュア規定」と呼ばれているが、「この規則にあてはまる人は、オリンピックに参加してもよい」というのが、この第26条の趣旨である。 
 イギリスのオリンピック委員会とサッカー協会は、協会に「プレーヤー」として登録されている人たちの中から、このオリンピック規則第26条にあてはまる人を選んで、チームを編成すればよい。このチームは、オリンピックに参加できる。
 ついでながら、イングランド協会の今回の改正を「ワールドカップ至上主義」のあらわれだとみるのも、見当違いだと思う。プロとアマの区別の廃止は、ワールドカップとは何の関係もないからである。

●五輪予選の厄介な問題
 モントリオール・オリンピックのアジア地域第3組の予選を、どこで開催するかが、問題になっている。日本も立候補して、韓国、イスラエルとの誘致合戦だそうだ。この号が発売されるころには、あるいは、見通しがついているかもしれない。
 「各国から条件を出してもらって、最善のところを選ぶ」と、AFC(アジア・サッカー連盟)は、文書でいってきたという。条件とは、旅費、滞在費、その他のおこづかいを、どれくらい出して参加国を招待してくれるか、という意味である。日本サッカー協会も、1月15日までに、その条件を出したはずだ。
 「ふざけるな!」
 と、ぼくは思う。
 いままで、オリンピックとワールドカップの予選開催地を、日本と韓国が奪い合いして、“条件”をつりあげすぎたのではないか。ほかの参加国は、旅費、滞在費、おこづかいつきの東京、ソウル旅行を、当然だと思うようになったのではないか。こんなバカげたことは、もうたいがいに、しなくてはいけない。
 そうでなくても、今度の予選は、たいへん厄介な問題をかかえている。
 まず、参加国の中のイスラエルが厄介だ。最近の大きな国際大会では、イスラエルの選手団をゲリラの襲撃から、どうやって守るかが、大きな問題になっているが、赤軍派の本家の国に、イスラエル・チームを迎えて、日本の警察当局とサッカー協会には、安全を保証する自信があるのだろうか。
 かりに自信があるにしても、万全を期すためには、相当大がかりな警備態勢をしく必要がある。それには、お金も人手もいる。サッカー協会のお金と人手だけでなく、税金から出たお金と人手である。
 イスラエルのほかに、台湾も同じグループにいる。台湾のサッカーは、まだ、FIFA(国際サッカー連盟)のメンバーだが、日本サッカー協会は、北京の中華人民共和国サッカー協会を代表するものと認めている。オリンピック予選は、FIFAの主催するものだから、日本と台湾が対戦することになったのは、日本の責任ではないが、これが政治的PRの材料になったりするのでは面倒だ。
 いまや日本政府は、中華人民共和国を正式に承認しているから、台湾の出る競技会を援助する義理はないだろう。前のメキシコ予選のときは、NHKがテレビ放映をして協賛金を出してくれたが、今度はその可能性はうすいだろう。ムードは盛り上がらないから入場料収入も、たいして期待できそうにない。というわけで、オリンピック予選の東京開催は大赤字間違いなしである。そんな無理をしてまで、オリンピック予選を東京でやることはない。地元でやらなけりゃ勝てないと心配する人もいるだろうが、ぼくは、日本のサッカーがモントリオールに行けなくても、やむをえないと思っている。スポーツは、ひとに大きな迷惑をかけてまでやるものではない。

●国際試合で大いに稼げ
 バイエルン・ミュンヘンを迎えての2試合は、お天気にも恵まれて、久しぶりの大入りだった。向こう正面てっぺんの聖火台まで、ぎっしりつまったスタンドを見て、いろんな人が、
 「サッカー協会は商売上手だなあ、相当なもうけだろう」
 という。
 入場料収入とテレビ放映の権利金を合わせて、2試合で1億円を上まわる収入だっただろう。支出のほうは、バイエルン・ミュンヘンに払ったギャラが3000万円、航空運賃と滞在費などが合わせて1000万円。入場料収入の1割を国立競技場に、5パーセントを入場税にとられる。プレイガイドの手数料が1割、ほかにも税金、諸経費があって、純益は3000万円から4000万円の間ではないか、とぼくは計算してみた。
 「昨年のワールドカップのときに日本代表チームをヨーロッパに遠征させた費用が、そのまま赤字になっている。協会職員のボーナスも銀行から借金して払ったくらいで、今度の収益でやっと赤字が埋まった程度」
 というのが、協会のほうの説明である。
 協会が国際試合で資金かせぎをするのを、不健全であるという人がいるが、ぼくは、そうは思わない。代表チームのために必要な経費を、代表チームの出場する試合の収入でまかなうのは、どこの国でも常識である。
 代表選手たちが合宿したり、外国へ行ったりするための費用になるのだから、いわば代表選手は、自分たちの費用を自分たちの力で稼いでいるわけだ。何も遠慮することはない。
 外国チームが日本に来るときには、日本側でギャラを払い、多くの場合は往復の旅費まで負担する。ところが日本代表チームがヨーロッパに行くときは、旅費はこっちでもち、ギャラもあてにはできない。日本のサッカーのレベルが低いから仕方がないが、それだけ余計に、日本サッカー協会は稼ぎに精を出さなければならないわけである。
 外国のブロ・チームを招くのにうき身をやつすより、国内の試合で入場料収入をあげるように努力せよ、という意見も出ていた。
 国内試合の観客をふやせというのには賛成だが、その収入で代表チームの強化をはかるのは無理だし、筋が違う。
 天皇杯の決勝戦の収入の一部で、協会の事務費が出るくらいになれば上出来である。リーグ試合の収入は、リーグの運営費と加盟チームのそれぞれの強化費用に当てるべきものだ。その他の大会は、できるだけ大会ごとに独立採算で運営して出費をおさえるくらいが精一杯だろう。
 代表チーム強化のためなら国際試合で大いに稼いでもらいたい。日本のサッカーが強くなれば、そのうちに外国へ行って稼いでくるようになるだろう。


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