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サッカーマガジン 1974年6月号
牛木記者のフリーキック

●藤和のユース・チーム
 日本リーグ1部の藤和不動産がユース・チームを作った。全国から集まった中学卒業の希望者の中からテストで十数人を選抜して、いわば藤和の“ファーム”にするわけだ。希望者を公募したときの条件には、「採用された者は自力で、地元宇都宮の高校に入学すること。サッカーに関する経費以外は自己負担とする」と書いてあった。案際には地元の中学を出た者のほかは、みな作新学院に入ったらしい。プロ野球をけって法政大学に入学した怪物投手、江川卓君の出た、あの作新学院である。
 さる1月に藤和不動産の下村監督が日本体育協会の記者クラブに来て、ユース・チーム要員募集の説明をしたことがある。そのとき報道陣の間から、こんな質問が出た。
 「そうすると藤和のユース・チームは高校生で作るわけですね。しかし高校大会には出られないんじゃないですか」
 現在の制度では、15歳から18歳くらいまでのサッカー・チームが出場できる公式の全国大会は、夏の全国高校総合体育大会、秋の国民体育大会高校の部、正月の全国高校選手権大会の三つである。このうち秋の国体は都道府県単位の高校選抜チームが出場することになっていて、一つの高校チームからは5人までしか選べない。夏と正月の高校大会は“単一の高等学校の生徒をもって構成されるチーム”による競技会である。しかも一つの学校を代表するチームは、一つに限られている。
 つまるところ、年齢的には同世代の青少年のチームであっても、藤和ユース・チームは、出場すべき大会がないわけである。その点について下村監督はこう答えた。
 「サッカー・チームですから、試合をやらないわけにはいかないでしょう。当面は高校チームに練習試合をお願いすることになるんじゃないでしょうか」
 「で、将来は?」
 「神戸や静岡で同年代の子供たちのクラブ・チームができるときいていますし、読売サッカー・クラブにも高校生チームがあるそうですから、将来はそういうチームで大会を組織する必要があるかも知れません」
 ぼくの考えでは、日本サッカー協会の主催する公式の選手権大会は、本来、年齢別でなければならないと思う。年齢によって体力には大きな差があるから、大人と子供をいっしょに競技させることはできないが、学生であろうが、店員であろうが、高校チームだろうが、町のクラブだろうが、差別するのは間違っている。選手が二重登録にならない限り、藤和のユース・チームも、他の高校チームと同じ選手権大会に参加できる道を開かなければウソである。

●オフサイド・ルールの矛盾
 3月号に「藤枝東の同点ゴールは幻だったか?」という記事を書いたら、その次の号に国際審判員の浅見俊雄氏が「審判員の視点」と題してオフサイドの問題を取り上げた。ぼくの記事に対する反論ではない、とのことだったから、あえて再反論をする必要はないと思っていたが、浅見氏の記事の最初に「牛木氏の文章の中には、特にオフサイドの判定に関して、現在われわれが行なっているルールの適用方法と若干食い違っている部分がある」と書いてあるのが気になっていた。というのは、浅見氏の記事を全部読んでみても、どこに食い違いがあるのか分からなかったからである。その後、浅見氏に会って直接、説明を聞く機会があったから、遅ればせながら、ここで紹介しておこう。
 藤枝東のケースを、むしかえしても詮ないことだから、ここでは一般論の形で取りあげる。別掲の図は「競技規則」の末尾についている「オフサイドに関する図解」第7図で、これによれば、AがシュートしたときBはオフサイドの位置にいるが、シュートしたボールが、相手のゴールキーパーCによって一度防がれた(最後にボールに触れたのが守備側のCである)から、それをとって再びシュートしたBはオフサイドでない。これをぼくは「Bのオフサイドは消える」と表現したわけである。これは“ルールそのもの”の問題であって“適用方法”の問題ではない。

 これに対して浅見氏の説明は次の通りである。
 周知のように、オフサイドはAがボールを前方にけった“瞬間”に成立する。したがって審判員はその“瞬間”に笛を吹くように努力している。笛を吹くのが遅れてボールが相手のCに当たってしまったら、オフサイドはとらないことにしているが、これはほんの0コンマ数秒の間の出来事だから、Aが、ボールをけった瞬間に吹こうとした笛が、Cにボールが当たったあとに“聞こえる”ことがあり得る。だからといって、審判員がオフサイドをとったのが間違いとはいえない。ボールが守備側のCに当たっても、オフサイドは、「消えない」というのである。
 表現の仕方にこだわる必要はないと思うが、ぼくは「競技規則」に第7図が載っている限り、Cにボールが当たれば「オフサイドは消える」と思う。一方、Aがボールをけった瞬間にオフサイドが成立していたのも事実だから、その瞬間に反則していたのも事実だから、その瞬間に反則をとることはできる。どのように裁定されても競技者が文句をいう筋合いではないが、「競技規則」に忠実に、かつ競技者と観衆にスムーズに理解してもらえるようにゲームを進められるかどうかは、これは審判技術の問題で、ルールの適用方法の問題ではない。オフサイドは、パスを出した瞬間に成立するはずであるのに、その後のプレーによって反則でなくなるのは、サッカールールの形式的矛盾である。これは昔からのことで、いまにはじまったことではない。

●テニスのプレーヤーズ制度
 日本庭球協会が「認定選手」制度の採用を計画したら、日本体育協会のアマチュア委員会で反対された。そのときに、わがサッカーの代表である岡野俊一郎委員は、「この機会に体協のアマチュア規定のあり方を根本的に考え直してみようじゃないか」と意見を述べたそうだが、残念ながら岡野委員の意見は少数派であるらしい。
 テニスの「認定選手」とは、国際庭球連盟の規約にある「プレーヤーズ」の訳である、国際庭球連盟では、各国の庭球協会が管理するテニスの選手を二種類に分けている。一つは「アマチュア」で、もう一つは「プレーヤー」である。この違いは主として、競技会に出て“賞金”を受け取ってもいいかどうかにある。「認定選手」はこの「プレーヤー」の日本版で「賞金を受け取ることのできる」選手である。ごく分かりやすくいえば、「認定選手」つまり「プレーヤー」はプロだといっていい。プロであるが、アマチュアと同じ庭球協会に登録して協会の統制に従うところが野球やボクシングのプロとは違う。野球やボクシングでは、アマチュアとプロは、それぞれ別の組織に属している。
 テニスの「プレーヤーズ」制度の意義は、庭球協会が、アマチュアと同時にプロを統制する点にある。テニスの世界では、長い間、外部の興行師たちが、アマチュアの育てた一流デ杯選手を引き抜いて勝手気ままにプロ興行をしていた。そのために、いろんな弊害が出て、アマチュアのテニスは、外部の興行師と内部の“にせアマチュア”に食いものにされていた。
 そういういきさつがあって、国際庭球連盟は、1968年以後、アマチュアと同時にプロを統制することに踏み切ったのである。テニスの場合は、プロの興行師の既得権が大きかったから、国際庭球連盟は、プロを支配下に置くために非常な苦労をしている。
 ところが日本では、この国際庭球連盟の新しい考え方をすぐに採用できない事情がある。というのは、日本体育協会のアマチュア規定によって体協加盟の競技団体はアマチュア以外の競技者を登録できないことになっているからである。
 これは体協のアマチュア規定の方が間違っているので、その点については体協発行の「体協時報」1月号に、ぼくの意見が載っているから興味のある人は読んで欲しい。
 さて、サッカーでは、もともとプロとアマチュアは一つのサッカー協会に属している。国際サッカー連盟(FIFA)の最初からの根本理念が「サッカーは一つ」ということなのである。
 したがって、もし日本にプロ・サッカーを導入しようとすれば、テニスの場合と同じように体協のアマチュア規定が問題になる。岡野さんが、体協のアマチュア委員会でテニスの考え方を支持したのは、サッカー出身者として当然だったといえるだろう。


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