サッカーは、もともとの英語ではフットボールである。それが、日本では「蹴球」と訳されて、50年くらい前までは一般に使われていた。日本サッカー協会も日本蹴球協会だった。
同じ漢字を使う国でも、中国では「足球」と訳されている。これはフットボールの直訳である。蹴球だと英語に戻すとキッキングボールになってしまう。
横文字を使う国では、フットボールを語源にした単語を使っているところが多い。ドイツ語ではフッスバルだし、ポルトガル語ではフッチボルだ。フランス語も、スペイン語も、ほとんどフットボールそのままである。
「フットボールを蹴球と訳したのが日本のサッカーの、そもそものつまづきだった」と、ぼくは冗談まじりの説を唱えていた。足でボールを扱う競技なのに、ボールを蹴っ飛ばす競技だと人びとに思わせてしまった。それでテクニックが伸びなかった、と考えたわけである。この競技をキッキングゲームと訳したのは日本と韓国くらいのものではないかと思っていた。韓国では「チュク」で漢字を当てれば蹴球である。
ところが、である。キッキングボールにあたることばを、このゲームにあてている国は、ほかにもいくつもあることを最近になって知った。
東京北千住のよみうり・日本テレビ文化センターで月に2回「ビバ!サッカー講座」を開いている。そのなかで毎回、日本在住のふつうの外国人に来てもらって話を聞いている。その人たちに聞いて考えが変わった。
ハンガリーから留学している大学院生が、サッカーは「フォッチ」と呼ばれていて、語源は英語のフットボールだという。ところがハンガリー・サッカー協会の名称には、サッカーにあたるところに「ラブダルガス」とある。きいたらラブダはボール、ルガスが蹴るだという。
次の回には、インドネシアから来ている女性の話を聞いた。インドネシアではセパク・ボラで、セパクは蹴る、ボラはボールだそうだ。マレー語ではボラ・セパクと語順は変わるが同じ意味である。
というわけで、ハンガリーでも、インドネシアでも、キッキングボールということばが使われていることを知った。どちらも、すぐれたテクニックを伝統としている国である。
実はイタリア語のカルチョも「蹴る」が語源だ。これは前から知っていたのだが自説に都合が悪いから「あれは例外」と無視していた。
しかし、こう次つぎに例外が現れては「蹴球」が足技が伸びるのを妨げたという、ぼくの奇説は撤回するほかはない。
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