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サッカーマガジン 2002年4月10日号
ビバ!サッカー

池原謙一郎さんの功績を偲ぶ
先見性に富む「狂会」の創設者

 「日本サッカー狂会」の創設者だった池原謙一郎さんが亡くなられた。日本のサッカー史のなかに、そのユニークな功績を、ぜひ書き留めておきたい人である。そういうわけで、連載を続けている「ワールドカップ史異考」を、またお休みさせていただくことにする。

日本サッカー狂会
 池原謙一郎さんが、3月15日に亡くなられた。73歳だった。「日本サッカー狂会」の創設者で初代会長だった方である。
 「狂会」とはへんな名前だが、中身は非常にまっとうな、インテリのサッカーファンの集まりである。もう40年も続いている。
 1962年12月9日に後楽園競輪場で三国対抗の日本対スウェーデン選抜の試合が行なわれた。このとき「必勝日本!ゴール前で徐行するな」と書いた横幕を掲げて応援したグループがあった。これが狂会のスタートだった。
 池原さんの書いた文章を集めた「園を作る」という本にその思い出が載っている。本業の造園についての論集だが、サッカーについての原稿もちゃんと潜り込ませてある。
 職場の友人など30人ほどで、いっしょに日本代表チームを応援しようと思い立ち、当時「サッカー和尚」としてマスコミで有名だった愛知県知多郡東浦町東光寺住職の鈴木良詔さんに呼び掛けた。鈴木和尚は僧衣で上京してきた。そのときに持参したのが「徐行するな」の横幕で、その隅にすでに「私設応援団日本サッカー狂会」と書いてあった。それで自動的に会の発足と名前が決まったのだという。命名者の鈴木和尚について「オツな名前を創作するとは、たいしたアイデアマンだと感心した」と池原さんは書いている。
 この記事は、もともとは狂会の雑誌F00TBALLに載ったものである。ガリ版刷りのこの雑誌も現在まで続いている。

クラブの時代だ
 池原さんの告別式のとき、この狂会創設の横幕とともに「日本もサッカークラブだ!」と大書した横幕が並べてあった。これには1982年1月1日と書いてある。
 現在では「クラブの時代」を唱えても目新しくはない。文部科学省は2000年に策定したスポーツ振興基本計画の中で「総合型スポーツクラブ」の普及を目標にあげている。Jリーグは地域に根ざしたクラブを掲げて1993年に発足した。
 しかし、池原さんとその狂会が「クラブの時代」を大衆に唱えたのは文部省より20年近く早く、Jリーグよりも10年早い。当時はまだ、学校スポーツが主流で企業スポーツが全盛だった。そんななかで「日本もサッカークラブだ」という横幕を掲げたのは驚くべき先見性である。 
 「日本も」と「も」がついているところに「世界のスポーツはクラブが基礎なんだよ」という啓蒙の気持ちがこめられている。つまり目が広く世界へ向いている。それとともに時代の流れを読んでいる。
 「ニッポン! チャチャチャ!」という応援の手拍子は、池原さんの発案である。これは他のスポーツにも広く普及して、バレーボールのファンのなかには、これはバレーボールから始まったのだと主張する人がいる。
 これについても池原さんが書き残している。1966年のワールドカップの映画「ゴール」を見てヒントを得て、1968年にイングランドのアーセナルが来日したときに、はじめて使ったということである。

池原記念館を!
 池原さんは東大を卒業して農学部の助手として大学に残った。研究室の建物に隣接してグラウンドがありサッカー部が使っていた。日本代表のチームが練習場にしたこともある。池原さんは研究のあいまに練習を見ていたという。いまから考えれば、非常にレベルの低いサッカーだったはずだが、それでも池原さんは、そのなかにサッカーが本来持っているはずの魅力を見抜いたのだろう。そのころから、ずっとサッカーを応援し続けていた。
 池原さんは、そのころ、世界のスポーツであるサッカーを、日本の新聞があまり取り上げないので、やきもきしていた。たまに新聞に載ったサッカーの記事は全部切り抜いて保存していた。
 1958年、ぼくが東京新聞でスポーツ記者になったばかりのときに、スウェーデンでワールドカップが行なわれるという紹介の読み物を外電を集めて書いたことがある。池原さんはワールドカップの記事が新聞に載ったのを喜んで、わざわざ新聞社を訪ねてきて誉めてくださった。池原さんが持っていた当時のサッカー記事の切り抜きのコレクションなどは、いまとなっては貴重な資料である。これらを保存して池原記念サッカー博物館を作りたいものだと思う。
 池原さんは1992年まで筑波大学教授だった。もともとは有名な公園設計家である。東京のオリンピック記念代々木公園の基本構想は池原さんのグループの制作である。
 でも、ぼくにとっては、サッカーの恩人のひとりだった。


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