アーカイブス・ヘッダー

 

   
サッカーマガジン 1998年11月11日号
ビバ!サッカー

W杯の入場券問題(三)
−2002年に向けてJ−

 ワールドカップ・フランス大会の幽霊入場券事件は、国際的詐欺だった。その背景には入場券発売システムの欠陥がある。入場券を直接必要としないところに大量の割り当てがあり、専門の旅行業者への割り当てが極端に少なかったのではないか? そこのところを考えてみたい。

☆灯台もとに疑惑
 ワールドカップの入場券問題が明るみに出たとき、ぼくはすでにフランスヘ行っていて、日本での大騒ぎを知らなかった。
 はじめて知ったのは、パリで読んだ英語の新聞である。「ブラジルの応援ツアーがパリに着いてみると、業者が入場券を持ち逃げしていて、立往生している」という小さな記事だった。そのうちに、ドイツにも被害者がいる、英国にもいる、という記事が出て、これは単なる持ち逃げではなく「大がかりな詐欺事件だ」と気が付いた。
 米国からのニュースもあった。フロリダにあるチケット業者から入場券を買うことになっていた旅行会社が、5月になって券を引き取ろうとしたが連絡が取れない。チケット業者の事務所はからっぽで、留守番電話が鳴っているだけだ、という記事だった。
 「これは持ち逃げじゃなくて、夜逃げだろう」とピンときた。チケット業者も切符が手に入らなくて、困り果てて行方をくらましたのではないか。これだけ各国で被害者が出ているのだから、大もとの犯人は、もっと大会組織委員会の近くにいるはずである。   
 やがて「ISLフランスが疑惑の焦点」になり、フランスの警察当局による捜査の手もはいった。ISLはスイスが本社で、80年代になってスポーツのスポンサーを扱ってきた会社である。そのフランスの子会社が詐欺の舞台になったようだ。
 「犯人は身近にいる」と思ったとおりだった。

☆スポンサーへの配分
 大会期間中のパリのメディアセンターで毎朝、記者会見があった。メディアセンターは、世界中から集まった報道関係者の働き場所である。大会組織委員会が、毎朝、ここで定期的に記者会見をして情報を提供することになっていた。
 入場券騒ぎが起きると「朝の会見」での質問は、この問題に集中した。その中に「スポンサーへの切符割り当ては、どれくらいだったのか」という質問が出た。
 答えたのはFIFA(国際サッカー連盟)のメディア担当であるキース・クーパー氏だった。
 「スポンサー関係への割り当ては14パーセントです。細かい数字が必要な方にはオフィスでお渡しできます」
 キース・クーパー氏は、数年前までISLで働いていたのでスポンサー関係には詳しい。
  全体の14パーセントは、枚数にすると約36万枚である。かなりの枚数だということができる。
 スポンサーは、ワールドカップに協力して多額の広告費を出している企業である。そういう企業がかなりの枚数の切符を買ったわけである。
 スポンサーといえども、お金を払って切符を買っている。ただ買うための優先権をもらっているだけである。しかしスポンサー企業は、そんなにたくさんの切符が必要なわけではない。そこで割り当てられた切符を転売したり、有力な顧客を招待したりすることになる。
 つまり、直接切符を必要とはしていないところに、かなりの枚数が渡されていたわけである。

☆割り当ての仕組み
 切符の割り当ては、ずっと前から公表されていて、別に秘密だったわけではない。
 それを見ると総枚数は260万枚である。そのうちフランスの選手家族用に14パーセントが割り当てられている。各国サッカー協会には21パーセントが割り当てられている。それに比べると旅行会社への割り当ては、5パーセントあまり、約13万8000枚ときわめて少ない。
 その旅行会社も組織委員会公認の17社に限られている。その公認旅行業者には日本の大手の会社は含まれていない。
 ツアーを募集した大手の旅行業者は、直接の割り当てを受けられなかったので、割り当てを受けているところに群がって、間接的に切符を調達するほかはなかった。
 これを「横流し」を狙ったということもできないわけではないが、幽霊入場券事件が起きたのは、横流しのためではない。スポンサー筋を通じて切符を手に入れたにしても、某国のサッカー協会の会長に取り入って、その国への割り当て分を流してもらったにしても、切符はちゃんとあるはずである。入場券は「幽霊」ではない。ただ間に入る人間や組織が多くなるので、切符の値段はそれだけ高くはなっていた。
 「幽霊」が出てきたのは、こういう仕組みに乗じた詐欺師がいたためである。詐欺師に利用された仕組みの欠陥は、直接切符を必要としているところ以外に大量の切符が割り当てられたためである。そのために直接的な需要に対する供給が極端に足りなくなっていたためである。


前の記事へ戻る
アーカイブス目次へ

コピーライツ