フランス・ワールドカップが始まって1週間、各チームの試合ぶりをひととおり見て、だいたいの実力地図が分かってきた。優勝は毎回常連の強国の中から出そうだが、この段階では、どのチームも、まだ本調子ではない。日本はアルゼンチンに善戦して「なかなかやるな」というところである。
優勝候補はしぼられた
常連はすごい。しかし最後にピークに持っていけるのは?
フランス、ドイツ、イタリア、ブラジル――優勝候補の顔は見えてきた。しかし、優勝しそうなのはどこかは、まだ見えない。
ワールドカップの最初のラウンドで、全チームがひととおり試合をして、フランス大会地図の色分けができてきた。上位の常連は、やはりすごい。今回もその中からチャンピオンが出るだろう。
だが、優勝候補の試合ぶりの評判は、その国から来ているジャーナリストの間では、あまり良くない。「この調子では優勝なんて夢だよ」と、それぞれが言っている。
ブラジルは、6月16日にナントで行なった第2戦でモロッコに完勝して、決勝トーナメーントー番乗りを決めた。ところが、記者席で隣に座っていたブラジル人のベテラン記者は、試合終了の笛が鳴ると「ツー、バッド」と吐き棄てるようにどなった。
ぼくが見たところ、ブラジルはすばらしい。6月10日にパリ近郊のサンドゥニで行なわれたスコットランドとの開幕試合では、21歳のロナウドの力と速さと変化の三拍子揃った足技の切れ味に目を奪われた。
モロッコとの第2戦では、リバウドの中盤からのパスの見事さにびっくりした。ゴールに背を向けてボールを受け、敵をかわして振り向きざま、逆サイドヘボールを送る。そこが相手の守りの間のちょっとしたスペースで、そこにカフーやロナウドが走り出てくる。あらかじめ自分の背中の状況を見ていて、後に目があるように次の展開を読んでいるのが驚きである。
ドゥンガは、中盤の底で敵の攻めをつぶし、前線へ的確なパスを送る。
守備では、ジュニオール・バイアーノが、敵の速いドリブルをしっかりと追いかけ、センタリングの寸前でスライディング・タックルして、ボールを確実に自分のものにした場面があった。駆け引きと判断力とテクニックが三位一体である。
こういうプレーが次つぎに展開されると「やっぱり、ブラジルが世界一だ」という気持ちになる。
にもかかわらず、本国から来ている記者が、自国のチームを手きびしく批判するのは、ひとつには、こういう華麗で力強いプレーが個人のレベルにとどまっていて、チームの力としては100%でないからである。
また、もうひとつには、すばらしいプレーが90分のうち20〜30分くらいしか続かないで、ときどき集中力の欠けた時間帯が出て、気の抜けたようなミスをするからである。
同じようなことは、他の優勝候補にもある。フランスの優雅さも、ドイツの力強さも、まだ部分的である。
しかし、個人的にすばらしい能力のスターを持ち、それを生かす独自のスタイルをみがいていることは、優勝への条件である。
それを20分から45分へ、さらに90分へと伸ばしていけるかどうかが、優勝争いのカギになるだろう。
日本に対する評価は?
アルゼンチンに善戦したが、世界のトップには、まだまだ
初出場の日本は、第1戦でアルゼンチンに0対1で敗れた。ぼくの評価は「予想どおりの」善戦である。ぼくは、0対0の引き分けを期待していた。これは「期待」であって、「予想」ではない。予想は0対1の負け、しかし無茶苦茶にやられることはないだろうと思っていた。
試合前に、地元の新聞に「アルゼンチンのバティステュータにとって得点王へのチャンス」と書いてあった。日本から大量得点すれば大会の得点王になれる、という意味である。外国のジャーナリストの日本のサッカーへの評価は、そんなものだった。だから。優勝候補の一つであるアルゼンチンのゴールを1点に抑えたのは「意外な」善戦ということになる。
日本の試合ぶりは、結果は負けだったが、内容は岡田監督の狙いどおりだっただろうと思う。両サイドを含めて5人の守備ラインによる守りは、最善を尽くしていた。井原のスイーパーとしての守りは、ワールドカップ・レベルでも十分に評価できるものだった。ゴールキーパーの川口の守りは、本当に「ブリリアント」だった。
攻めは32チームのなかで、もっとも見劣りしたが、ことは強豪を相手の第1戦で、大量失点はどうしても防ぎたい試合だったから、守備重点で、やむを得ないところだろう。それでも部分的には、いい反撃もあった。
さて、各チームがひととおり試合をして、32チームの色分けができつつある。
優勝を争うAクラスは、ヨーロッパの4〜5カ国に南米のブラジルとアルゼンチンを加えた6〜7カ国である。
状況によっては優勝候補に勝つ力はあるが、優勝するほどの底力のないチームをBクラスとすれば、ヨーロッパと南米の多くのチームはBクラスである。
そのほかはCクラスで、アジアのチームは全部、この中に入る。Cクラスのチームは、善戦はできるが、ヨーロッパや南米と互角とはいえない。1勝をあげるのも、なかなかむずかしい。それは個人の能力に、まだかなりの差があるからである。
日本は個人の力の差を、チームプレーでカバーして善戦した。Cクラスの上の方だが、世界のトップには、まだまだ手が届かない。
Dクラスのチームは、もういなくなっている。どこのチームと当たっても大敗しそうなところはない。アジアのレベルも、ワールド
カップに出てくるところは、かなり上がっている。
幽霊入場券を追及せよ!
国際的詐欺に腹が立つ。発売のシステムにも問題がある。
日本対アルゼンチン戦の前日、ツールーズのホテルに、日本の最大手の旅行社の応援ツアーのグループが泊っていた。入場券が手に入らないだろうことを承知で、とにかく来たのだという。幽霊入場券事件の犠牲者である。
前夜、ロビーで旅行社の人が、参加者を集めて説明していた。
「入場券を入手するために、あらゆる努力をしていますが、全員にゆき渡ることは不可能です。パリやバルセロナに泊っているグループもありますので、今夜中に希望者と集まった切符の数を集計して、あす抽選をします」
試合当日の午前11時。キックオフの3時間半前に、ホテルで抽選をした。入手できた入場券は、お客さんの数の25%。4人に1人しか当たらなかった。
ツールーズの市営スタジアムは、川の中の島にある。スタジアムに行くには橋を渡らなければならないが、橋の外側で規制をしていて、入場券を持たない人は、島に渡れないようになっていた。
そのフェンスの内側と外側が、天国と地獄である。切符を持っている人は期待に胸をふくらませて橋を渡る。
柵の外側には、入場券を持っていないサポーターが群がって、目を血走らせてダフ屋の切符を求めている。「ヤミ切符は値段が高くて、とても買えないけど、せめてスタジアムの外側まで行こうと思ったのに」と泣き出しそうな女性もいた。
この光景を見て、ぼくも涙があふれてきた。腹の底から怒りが、こみあげてきた。
勤めを休み、貯金をはたいてやってきたサッカーファンの夢を、踏みにじったのは誰なんだ。徹底的に追及して、犯人を厳罰に処すべきではないか。
本当に、これは犯罪なのである。
ワールドカップの入場券を発売する権利を与えられた業者は限られていて、日本の大手の専門旅行会社は権利を得られなかった。
そこで、世界の各国の業者に手を回して入場券を手に入れようとした。
入場券は。偽造を防ぐために、5月まで現物は発行しないことになっていた。業者が持っていたのは、入場券の割り当てを受けていることを示す権利書のようなものだった。
それを利用して、国際的な詐欺師が登場したのではないだろうか。
詐欺師は、書類を見せて信用させ、入場券を売る契約をする。日本の旅行社は、契約をしたのだからと安心してツアーを募集する。
ところが詐欺師は、現金だけを受け取って現物引き渡しのときには雲隠れしてしまった。これが幽霊入場券の仕組みだったのではないか。
FIFA(国際サッカー連盟)とCFO(フランス大会組織委員会)の入場券発売の方法にも、詐欺師につけ込まれる欠陥があったのではないか。
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