タキシード姿でいかめしく、はなばなしくやろうと、ジーパンはいて、くだけて、なごやかにやろうと、表彰式は単なる余興である。だから目くじらたてるほどのことはないのだが、それでもある程度の節度は必要だと思う。そこで、表彰について、ちょっと考えてみた。
☆天皇杯の多冠を叱る
優勝したアントラーズの選手たちが正面スタンドの階段を登る。VIPボックスでカップが渡される。本田主将の両手で頭上に高く掲げられて銀色に輝く天皇杯。すばらしい。ここまではいい。
だが、そのあとながながと表彰状やいろいろなカップの授与が続いて、せっかくの興奮がだらけたものになってしまう。竹腰重丸杯、Jリーグ杯、NHK杯、共同通信社杯。「けしからん」と、ぼくは思う。
カップは一つで十分である。
天皇杯のうえに、さらにいくつもの冠を重ねるなんて非礼千万ではないか。
そもそも――。
表彰は勝者の栄光を讃えるための飾りである。
カップがなくても、アントラーズが優勝した事実が消えるわけではない。選手たちの努力と技能が評価されないわけではない。
ただ、大衆の歓呼と称賛を代表して、記念のためにカップを贈るだけのことである。
ところが、日本のスポーツの表彰は、そうではない。
表彰はアントラーズのためのものでもなければ、大衆のためのものでもない。
誰のため?
表彰式は、カップを受ける側のためのものではなく、カップを授与する側のために行なわれている。
NHKや共同通信社からカップをもらっても、アントラーズ優勝の輝きに箔がつくわけではない。
箔がつくのはNHKや共同通信のほうである。
☆マスコミの後援は?
新聞社や放送局などのマスコミが優勝旗や優勝杯を贈るのは、大正時代から、もう80年くらい続いている日本の風習である。
これはこれで、意味はあった。
スポーツがまだ普及してなくて、スポーツ団体にお金が回ってこなかったころには、新聞社からカップをもらうことに二つの利点があった。
一つは、新聞社からお金がもらえたことである。新聞社はカップを寄贈しただけでなく、大会の運営のために後援金を出した。入場料収入やテレビの放映権料を当てにできなかった時代には、新聞社の後援金は貴重な援助だった。
もう一つの利点は、後援する新聞社が、その大会を大きく報道してくれることだった。新聞社は「自社もの」と称して、その大会の記録や模様を詳しく載せてくれた。これはスポーツの普及と振興に役立った。
もちろん新聞社のほうにも、新聞の宣伝と販売拡張に役立てるという利益があった。
しかし、もう、そういう時代は終わったと思う。とくにサッカーのように普及し、自立できるようになったスポーツには、マスコミの後援は弊害のほうが大きい。天皇杯のような日本でもっとも権威のある重要なタイトルには、余分な冠をつけるべきではない。
マスコミが、自社のPRのためにお金を出すことには反対しない。
放送局は放映権料を出せばいい。新聞社や通信社はスポンサーになって広告料を出せばいい。ビジネスで割り切るほうが明快である。
☆神戸FCの昇格
表彰は功績のあった人のためのものではなく、表彰する側の宣伝と自己満足のためのものである――と割り切っているが、なかには心温まる表彰もある。
暮れの12月23日に神戸フットボール・クラブの忘年会に招かれた。
神戸FCは、神戸一中(現在の神戸高)のOBでお医者さんの加藤正信さんが、プロをめざす地域のスポーツクラブとして創立したもので、前身の兵庫サッカー友の会から通算すると、ちょうど30周年になる。
少年チームからプロまでを持つクラブにするのが加藤さんの夢だった。Jリーグができるよりも四半世紀も前のことである。残念ながら加藤さんはプロの時代を見ることなく亡くなられた。
もう一つ残念だったのは、神戸FCのトップチームが、なかなか県リーグより上に出られなかったことだった。それが、ようやく関西リーグ昇格を果たした。そのお祝いの忘年会に、ぼくが招かれたわけである。加藤さんが生前、目を掛けてくださっていたという縁である。
クラブには、昇格したトップチームのほかに、県リーグの2部、3部に属しているチームもある。レベルに応じて、みんながサッカーを楽しもうという趣旨が生かされている。
会の席上で、それぞれのチームの監督さんが、自分のチームでいちばん功績のあった選手、あるいは、いちばん頑張った選手を指名して記念品を渡した。ものものしい賞状なんかない、楽しく、なごやかな「表彰」だった。
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