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サッカーマガジン 1995年8月2日号

ビバ!サッカー

野茂投手の大活躍に思う

 日本にも個性派スポーツマンが次つぎに登場するようになった。米大リーグ野球のドジャースで活躍している野茂英雄投手も、その一人だ。サッカーにも、もちろん個性派は多い。ただし、その個性を、のびのびと発揮するのを妨げているような考え方やシステムも、まだ根強い。

☆楽しんできます
 「楽しんできます」
 これは、オールスターゲームで先発に指名されたときの記者会見。
 「期待以上に楽しみました」
 これは、2イニングを無失点3三振に抑えたあとのインタビュー。
 米大リーグのドジャースで活躍している野茂英雄投手の話である。
 テレビに映っている明るい笑顔もすばらしかった。
 日本のプロ野球の選手が、大リーグで活躍しているのはたいしたものだと思う。
 技術レベルが高いのに感心しただけではない。外国生活の経験のなかった若者が、一人でアメリカの社会に飛び込んで、のびのびと振る舞っているのに驚いている。
 日本の野球が変わったというより、日本の若者が変わった、というべきだろう。
 40年近くスポーツ・ジャーナリスト生活をしてきて、いろいろなスポーツのチャンピオンのインタビューや記者会見を経験している。
 その間、ずっと感じていたことは外国のチャンピオンと日本のチャンピオンの話しぶりの違いである。
 外国のチャンピオンは、のびのびと自分のことばで発言する。
 自由の国のアメリカの選手だけではない。鉄のカーテンといわれた旧共産圏の10代の女子体操選手が、世界中から集まっているスポーツ記者の前で当意即妙の冗談を飛ばしたのにびっくりしたこともある。
 それにくらべて日本のスポーツマンは「頑張ります」「やるっきゃないです」「自分たちのプレーをするだけです」と紋切型である。

☆自分の個性を出す
 野茂投手が、手あかのついた紋切型の言葉を使わないで、自分の気持をそのまま、すなおに語ったのが新鮮だった。
 「楽しんできます」という表現もよかった。スポーツは楽しむものだよね。プロの場合は、お客さんのための仕事だから、つらくても我慢しなければならないことはあるだろうけれど、仕事だって、できるだけ楽しくやらなくちゃね。まして、大リーグの祭典のオールスターだ。お祭りは楽しむためのものである。 
 「スポーツは苦しい鍛練の場だ」という精神主義が、日本では、まだまだ底に流れているから、日本の選手の口からは「楽しい」というような言葉は、なかなか出てこないのだろうと思う。
 野茂投手は、日本で近鉄バファローズにいたときから、あんなに明るい笑顔を振りまいて、のびのびと野球を楽しんでいたのだろうか――と、ちょっと不思議に思った。
 性格はそう簡単に変わるものではないから、もともと野球大好きな明るい青年だったに違いない。 
 しかしそういう自分を、すなおに出せないムードが、日本の球界にあるのではないだろうか。 
 あるいは「頑張ります」とでも言わないとマスコミに取り上げてもらえないのだろうか。 
 これは、プロ野球界に対してだけ言っているのではない。 
 Jリーグの選手たちも、だいぶインタビュー慣れはしてきているが、どうも紋切型が多くて、まだまだ個性を抑えているようである。

☆少年大会の大問題
 話は変わるけれど、前に書いた記事を一部訂正しておきたい。
 前々号に「少年サッカー大会を7人制に変えようという動きがある」という情報を紹介したら、日本サッカー協会の田島幸三・強化副委員長から電話が掛かってきた。
 「子どもたちに、5人制であれ、7人制であれ、少人数のサッカーを奨励したいと考えているのは本当ですが、全日本少年サッカー大会を7人制の全国大会に変えようというわけではありません」
 なるほど。
 それなら、それでいい、と思ったのだが…。
 「それで、全日本少年サッカー大会の方は、トレセンの都道府県対抗大会にしようというのが強化委員会の案なんです」 
 なぬっ、てなもんである。それは、また別の問題ではないか。 
 「トレセン」はサッカー協会独特の用語で、地域ごとに優秀な選手を選んで選抜チームを編成して強化することである。 
 今の少年サッカー大会は、全国の単独のクラブや少年団のチームのための大会である。 
 それをやめて、都道府県の子どもたちの選抜チームの大会にしようという考えのようである。 
 いろいろな個性の子どもを、1カ所に集めて、中央集権的に強化しようという考えでは、野茂投手は出てこないんじゃないかと考えた。 
 これは重大な問題だ。少年サッカーに関心を持つ全国の読者の皆さんのご意見を、ぜひお聞きしたい。


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