あるブラジル人の意見!
ソウルでいいサッカーをしたのはブラジルとユーゴだけ?
ソウル・オリンピックが終わりに近付いたころ、知り合いのブラジル人から突然連絡を受けた。
「ソウルからの帰りに東京に寄ったのでぜひ会いたい」
このブラジル人は、エスペジン・ネトという先生で、リオデジャネイロで「ブラジル・サッカー・アカデミー」と称するユニークなトレーニング・センターをやっている。このアカデミーの話は以前にこのページで紹介したことがある。
エスペジン先生は、もともとはスポーツ記者でブラジルのサッカー界で顔が広い。今回はブラジルのサッカー連盟が旅費を持ってくれてソウルへ行った、ということだった。
「オリンピックのサッカーは、どうかね」
「レベルが低いね」
「テレビでみたら、なかなか面白そうだったけど」
「いや、見込みのあるのはブラジルとユーゴスラビアだけだ」
「ソ連はどうかね。決勝に出たじゃないか」
「いや、だめだね。オリンピックでは優勝するかもしれないが、ワールドカップでは勝てないチームだ」
この話をした時点では、決勝戦はまだ行われていなかった。決勝にブラジルとソ連が進出したことだけが分かっていた。
エスペジン氏は、典型的なブラジル的サッカー観を持っている。つまり個人の優れたテクニックと洞察力を生かしたサッカーがいいサッカーで、型にはまったチームプレーを優先させたり、スピードに頼ってテクニックを生かせなかったりするサッカーは悪いサッカーである。
ボールを思い通りに扱って、近くだろうが遠くだろうが自由自在にパスをして攻めを組み立てるのが本当のサッカーだと固く信じている。
「ボールをちゃんと支配して、あっちヘシュッ、こっちヘシュッと、もっともいいところに送ることの出来る選手を持っているのはブラジルだけだ。ユーゴもまあまあだが、あとはだめだ」
ぼくも基本的にはエスペジン先生と同じサッカー観の持ち主だが、先生ほどの理想主義者ではない。
「ソ連はスピードだけでなくテクニックもよくなったと思うけどな」
「だめ、だめ。彼らには洞察力がない。ソ連は基本的には身体を動かすサッカーだ。ブラジルはボールを動かすサッカーだ。身体は頭をあまり使わないでも動かせるが、ボールを動かすには頭の中を使う必要があるんだ」
結果は、ご存じの通り。
決勝戦は延長のすえ、ソ連が勝った。
しかし、試合の内容はエスペジン先生の説が、当たらずといえども遠からずだったと思う。
出場権も得られない国のサッカー記者としては、「オリンピックはレベルが低いよ」と言えるように、早くなりたいと思うばかりである。
集団主義の弊害
連戦連敗の柔道は、集団主義の中で個性を見失っていた?
ソウル・オリンピックで日本の柔道が連戦連敗だった。
友人が来て言う。
「頭に来るよな。地元のお客さんが韓国ばかり応援するので負けるというんだからな」
「そうだな。応援にも節度がないとな」
「そうじゃないよ。地元が地元を応援するのは当たり前だ。ワールドカップを見ろよ。10万人が全部地元を応援したって誰も文句をいいやしない。応援に負けるなんて実力がない証拠だ」
どうも、いつもの友人の愛国的言動とは様子が違うようである。
大きなスタジアムで行われるサッカーと、体育館の中でやる柔道をいっしょにすることは出来ないだろうが、友人の話にもっともなところもある。
「それに情けないのは、初日に日本選手が負けたら翌日から次々に連鎖反応を起こして負け続けたんだよな。前の日の出来事なんか関係ないじゃないか」
初日に最軽量の60キロ級の準決勝で細川伸二選手が米国のアサノ選手に微妙な判定で敗れた。細川優勢の内容だったが、観衆が一方的にアサノを応援して審判がそれに動かされたようだという。
ときとしてはあることで、それは仕方がない。
ところが翌日、65キロ級の山本洋祐は、準決勝でポーランドの選手に背負い投げを食って不覚を取った。
「審判を信頼できないから、はっきりポイントを取らないと勝負は分からないと思って、リードしてからも積極的に攻めさせたら、それが裏目に出た」という。前日の敗戦で、コーチも冷静を欠いていたことが分かる。
それ以後は「金0に終わるんじゃないか」という焦りがテレビの画面にも見え見えで、ノーマークの相手に足をすくわれたり、審判が試合を止めていると勝手に思い込んで気をゆるめた途端に技を掛けられたり、みっともない負け方の連続だった。
「でも最後に一番重いクラスの斉藤仁が金メダルを取った。あれは良かったな」
ぼくの感想を聞いて、友人は「何をばかな」という顔をした。
「あの大男が顔をくしゃくしゃにして泣いたのを見て、日本のだめなところが分かったよ」
「どうして」
「日本の柔道の危機を救わなければという使命感の重圧から開放されて泣いたんだ。だけどスポーツは個人のもんだぜ。他の奴は負けても俺は勝ったんだ、と大喜びするようじゃないと、これからのスポーツはやってられない」
サッカーに関しては日本代表チームの勝利に執着する友人も、他のスポーツでは冷静になれるらしい。
要するに集団主義のために、一人ひとりが自主性を見失っては、いけないということである。
クラブ育ちの高校選手
体操の池西コンビを見て帝京のころの名取篤を思い出した
ソウル・オリンピックの銅メダルをとった男子体操の高校生コンビ、西川大輔、池谷幸雄の2人の笑顔を見て、いま日本代表サッカーチームの中心になっている名取篤が帝京高で活躍していたころを思い出した。名取君がフィールドで見せていた笑顔は、体操の高校生コンビのブラウン管の上の笑顔とよく似ていた。
名取君は当時、女の子に人気があった。特別にハンサムというわけではないけれど、親しみやすい明るい笑顔が受けたんだろうと思う。
西川、池谷も女学生のアイドルになるんじゃないかな、と思っていたら、果たせるかな、帰国した日の成田空港の騒ぎは大変だったらしい。
この手の笑顔は、かつては日本のスポーツでは見ることが出来なかった。だいたい「グラウンドで歯を見せるな」などと言われたものである。歯を食いしばって頑張らなければ、スポーツではなかった時代があった。
これは完全なぼくの独断と偏見であるが、名取君や池西コンビのような選手が育つには、本人の素質と努力のほかに、次のような条件があっただろうと思う。
まず第一に、子供のころからスポーツをやっていてテクニックに自信があったに違いない。仲間より上手だと気持がふくらんで、明るい気持になるからである。
第二に子供の頃にやったことが、そのまま延びるような環境で育ったに違いない。昨日覚えたことを今日直され、今日直されたことを明日改めさせられるようでは、あの笑顔も消えてしまうだろうからである。
そして第三に、優れた指導者に恵まれていたに違いない。一人ひとりの良さを伸ばしてくれるような指導者にめぐり会わなければ「歯を見せるな」の一喝で笑顔は消え失せるだろうからである。
さて、体操の池西コンビはどうだったかといえば、2人とも4、5歳のころから町のクラブで体操を始め、小学校の上級生のころには目立った存在だったらしい。
それで大阪の清風高校の山口彦則監督にスカウトされて清風中学に進み、中学、高校と同じ指導者に素質を伸ばしてもらうことが出来た。
つまり2人はクラブで育ち、かつ学校育ちということになる。
これは日本のサッカーにとっては有益な示唆である。
日本の子供たちは小学生のころからクラブでサッカーをやり始める。少年のころはクラブチームでも小学校チームでも同じに試合をできる。
ところが、中学、高校と進むと、大多数の少年は学校スポーツの中で鍛えられるようになる。
だから日本で優れたサッカー選手が育ってくるには、クラブと学校との関係をどうつないだらいいかが大きな問題である。
体操の清風コンビのようにいけばいいんだが、と思うわけである。
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